2019年1月14日月曜日

入院9日目

朝7時、心電図の線が外される。昼間は、"ハナ・酸素"を抜いていた。昼食前に明子さんが、院内で1時間掛けて洗濯。高原修道士が、水のいらないシャンプーで、髪の毛をかき混ぜてくれる。ヒトの人生、スーッと、真っすぐ横に行って、ポキンと折れない。今度も、くね、くね、あっちに当たり、こっちに当たり、うまい時に、折に、くねくね曲がって、何とか、うまーく、ここまで来た。
ふたりは、トマの顔色を見て「昨日より、良くなった」と笑った。今後まだ油断は許さない。胸に活気が戻るように続いてお祈りください。

2019年1月13日日曜日

入院8日目

救急車で運ばれたのが日曜日の早朝、今日で1週間が過ぎた。まだ室内を自由に歩けない。座って食事をするのがやっと。膨らんだ風船がスゥーとぬけた感じ。8時間おきに3回、点滴で治療している。早くホームに帰りたい。ホームの日々は平和だった。老いの快方は遅い。続いてお祈りください。

2019年1月12日土曜日

入院7日目

高原修道士が来て「症状が随分、昨日と違ったよ」と言った。
膀胱から、ベッドの横の袋を繋ぐ尿の管が取れた。
鼻酸素を外して、昼食をしていると、ナース室から看護師が来て「はめて下さい」。やっぱり分かるんだ。
浜田神父様が来た。酸素の話をすると「亡くなった修道士で"酸素牛乳"と言っていた者がいたよ」二人はその修道士を思い小さく笑った。浜田神父様に、御聖体をお願いした。


2019年1月11日金曜日

入院6日目

しばらく療養は続くでしょう。現在の行動範囲は、ベッドの上とベッドに腰を掛けるだけ。まだ自由に動けない。鼻の酸素が外せない。まだ病状が残っているのでしょう。一日2回の点滴で病気を攻めています。
自分の人生にあって、何故病気が来るのか、災難があるのか、それは問題ではない。ただ、人生のその中で、どんな逆風になっても、神の愛と慈しみを信じられるか、小さな存在の私に御目を留めて下さるのか、それを思う時(はい、信じられます)と祈るなら、きっと光を見つける事が出来るだろう(それはお前だけの命の人生であり、生きる価値がある)。

2019年1月10日木曜日

入院5日目 一般病室に変わりました

今は静かに呼吸し、安堵して、感謝しています。ホームの廊下を歩きたい。今、午前と午後2回リハビリに励んでいます。沢山のご支援をありがとう。(死に損なっても、又、生きる。何度繰り返して来た事か)

2019年1月9日水曜日

入院4日目 ICUから観察室へ

ICUで、顔全体を被うような巨大なパックを付けられた。連続60時間苦しみに耐えた。昨夜パックが外され苦しみから抜け出せる。
今日、ICU(3階)を出て観察室(6階)に移る。リハビリに努める。危機を脱して喜びが近づいて来た。大きな力が導いて下さる。皆さんの続いてのお祈りをお願いします。

2019年1月8日火曜日

入院3日目

まだICUで治療中です。連続の点滴と水だけで生きています。食事は一切なし。生きる不思議さを感じます。肺に溜まった水を抜く連続作業に苦しむ。苦悩の暗闇の中に、ひとつの灯りが見える。みなさんの支えか、祈りか。新しい物語がまた出来る。