2018年3月7日水曜日

鳥取のみどりさんのお花。NHKテレビからの電話

鳥取のみどりさんから戴きました。華麗なお花の盛りを、教会のイエスの聖心像に飾りました。有り難うございます。みどりさんにはお世話になりました。度々鳥取に行って、教会での祈りや、修道士の会のお宅訪問、砂丘のラクダに一緒に乗った思い出など、心に残っています。
★日に、日に、温かくなり、春の兆しがみえてきました。サクラも今月の20日頃には咲くでしょう。職員さんから、手芸で「サクラ」の貼り絵を作ったので、横に一筆書いてほしいと頼まれました。「咲くサクラ、散るサクラ、ともに美しい。されど、老いる桜木は、もっと美しい」と書きました。「桜木って、わかる?」「ウーム」。返事は、いまいち、でした。
★今年になって、いいことが、もう1つあります。NHKのテレビが、「日本26聖人」の映画・弁士について取材を行なったのは、いつでしたかね。「なんで今頃、26聖人映画か」と思いましたが、長崎・聖コルベ館で、松下修道士と一緒に、取材に応じました。昨日、NHK長崎・テレビのキャスターさんから電話がありました。「15日、木曜日、午後6時15分からの『イブニング長崎』で放送します」。楽しみです。
★NHK長崎・テレビでは、「五島の岳踊り」で出て、また「勲章授与」で出て、今度は「日本26聖人」の古い活動写真の映画が披露されることになります。とにかく広まるのは良いことでしょう。期待しています。

2018年3月6日火曜日

心にある闇の部分。自分に打ち勝つのは難しい

明るい平和な朝が明ける。自室の前の廊下から見た朝陽です。こんな静かな所に暮らしています。晩年は、ホームに居て、幸せです。ホームを嫌がる声も聞きますが、「お帰りなさい」と言われて、安心です。何の心配もありません。午前中は、書道があって、幾つかの墨字を書きました。
★テレビでは度々事件が放映される。取材者が隣人にコメントを求める。答えは大抵「いい人ですよ、アイサツもするし、良い人ですよ。その人が、ねぇ」。それなのに人間は事件を起こしてしまう。人間には誰でも隠れた部分が、ある。どんなニンゲンにも弱さがある。それを認めて、自己を律していく。自分に勝っていく。それが課せられた人生の日々でしょう。
★自分には、何もない。与えられた才能、生きるチカラ、自分の働きではない。無償の贈り物です、と神にカンシャする。ジンセイは、これ。これが信仰者の考え方でしょう。だが実際は、これを本当に認めるのは難しい。誉められれば喜び、ケナされれば落ち込む。常に他人の目を気にしている。自分に「無」じゃなくて、自分に「有り」と思っている。
★ジンセイのエッセンス。ある早朝、アタマの中に瞬間に、自分の隠れたハズべき傾向が、ポン、ポンと出てきた。今頃の出来事でなく、遠い日の、まわりの輪のような出来事が出てきた。これが私のエッセンスか? 10数年前のメモから見つけた言葉です。

2018年3月5日月曜日

明子さん宅でお祝いの昼食。楽しいひと時を過ごす


小さな町の、農村の、ある1軒のお家での出来事です。そのお家は、木村明子さんのお宅です。シスターと、修道士の2人が呼ばれて、昼食をご馳走になった。明子さんは湯江教会の信徒で、トマの自室に、週2度、お話に来られます。入居当時からで、4年になります。シスターは山の修道女院で奉献生活をしていますが、元・ホームの職員でした。修道士のヨゼフ橋口さんは、湯江修道院に居り、以前、ホーム職員として勤めた経歴の持ち主です。トマ修道士の90歳のお祝いと、ヨゼフ橋口修道士の、3月19日が聖ヨゼフの大祝日で、修道士名のお祝いであり、3月20日が誕生日で、84歳になります。その意味で、こうして集った次第です。
★話題は、子供の頃の、母親の信仰の実話、祈りのこと、祈祷文を暗記していたこと、です。シスターはホームに勤めていた頃、多くの老人を見送った経験を話しました。
★橋口修道士の話しで、長崎教区の「年の黙想」は、パリ・ミッションの宣教師が始めたのではなく、水浦久之(故人)の研究によると、神の島の信徒が、明治の初め、キリシタンからカトリックに変わったとき、公教要理を学ぶ意味で、復活祭の前に行なうようになった。それが長崎教区に広まった、と語った。今も教区では、3日間、実施されている。昔は年の勤めを果たさない信徒は、教会で葬式が挙げて貰えなかった。そういう話が出ました。
★シスターは上五島出身、橋口修道士は長崎出身、彼は15歳で修道士の道に進んだ。幅広い人脈を持っている。「やはり、長崎、外海、五島の者(もん)は、信仰の固(かた)か、ばい」

2018年3月4日日曜日

背中に背負った十字架。主よ、助けて。まだ生きる


久しぶりの長崎市。メガネ橋の所で撮りました。「ランタン祭り」の最中のようです。人の幸せって、何んだい? それは自分の足で歩けることです。歩ければ、どこへでも行けます。そういう当たり前の事、平凡な事が若い時は分からなかった。歩ける内は幸せです。
★ジンセイって、本当に「まさか」「まさか」の連続だった。病気をしないこと、健康であること、これが幸福の基本です。私の背中は、見えないから全く気がついていなかったが、背骨に添ってタテに1本の大きな手術の跡、中央から左横に1本の手術の跡、同じく右横に1本の手術の跡、十字架の形になっている、と気がついたのです。タテのキズは、足のスネの骨を箸の長さに切り抜いて、背骨に埋め込んだ。左横のキズは、肋骨を抜き取った。右横は、腎臓を摘出した。十字架を背負って生きてきたんだ。主よ、助けて下さい。こんな私を90歳まで生かして下さって、「神さま、いいんで、しょうか。すごーィ、お恵み」。振り返れば、痛みも、苦しみも、喜びも、主はご存知だった。神に感謝、としか言えない。
★名前は、どうでも、いい。その人の行為が、心に残る。

2018年3月3日土曜日

ホームのひな祭り。生きビナさま。春の盛り上り

歳は取っても「ひな祭り」。女性の皆さんは楽しそうです。ホームには女性が多いのです。子供の頃、若い頃と、いろんな思い出があるでしょう。午後から全員が食堂に集まり、コーヒー、緑茶、ココアの飲みものと、桃マンジュウが出ました。そして登場したのが、職員さんによる「生きビナ」です。みんなで「ひな祭り」の童謡を歌い、迎えました。なごやかな雰囲気になり、笑いも起こり、何か、いい事がありそうな気がします。ああ、もう春ですね。
★90歳になって、やっと老人の仲間入りが出来ました。待ちに待っていた卆寿の誕生日は、アッと言う間に過ぎました。沢山のオミヤゲも貰ったし、会食で祝ってもらい幸せでした。贈り物の中に、こんな一文がありました。「トマさんにお願いがあります。神さまとご相談しながら、あと10年、この世で聖コルベ神父さまと聖母の騎士の事を語り続けてください」。嬉しいじゃないですか。でも、イノチは神さまのことです。この世で、一番大切なのは、愛とイノチです。いつまでも聖コルベの中に光る「身代わりの愛」と「神のイノチ」を伝えて行ければ幸せです。

2018年3月2日金曜日

卆寿の誕生会。旅の仲間5人に囲まれて喜びのトマ


ポーランドへ10回行った。最初は1971年、コルベ神父の列福式の際の旅。最後は2004年、20数人を案内してチェコと、コルベ神父ゆかりの地を巡礼した。その旅の仲間が4人集って、卆寿の誕生祝いをしてくれた。長崎市・浜町のアーケード街にある「ロシア料理・ハルビン」での集いです。従姉のシスター田川、元・純心高校英語の山長先生、同じく科学の小隈先生、お世話役の神田千草さん。それに高原修道士さんでした。旅行から14年が経っているのに、その思いは深く刻まれ、「旅の中で一番良かった」「印象に残る旅でした」「親切に、よく小マメに動き周るトマさんでした」など語らいました。あの頃が懐かしいです。もちろんポーランドの勲章も見せました。ポーランドの旅の仲間ですから、本当に喜んでくれた。「ストリーになかった。神さまは見て下さっているのね」など言葉を頂き、よい雰囲気のなかで、ゆっくり楽しく過ごすことが出来た。
★90歳の誕生日に当たって、次の方々からお祝いを戴きました。お花=北海道の裕子さん、祝・卆寿・登明・金文字入り・箱入り黒塗りの箸=浜松のひろみさん、霊的花束=福岡の美幸さん、チョコレート=広島の光昭さん邦子さん夫妻、お花=鳥取のみどりさん、お花=福岡の昌子さん須磨子さん、昭和3年3月1日の「お誕生日新聞」=鎌倉の潔さん、額入りお花=みふみさん、カーデガン=山梨の敏枝さん。心温まる贈り物でした。有り難うございます。

2018年3月1日木曜日

満90歳の誕生日。卆寿からの出発。夢と希望あり

「Ponny」さんのコメントを読みました。誕生日にあたり、(聖コルベ館の隣の)幼稚園の娘さんから、2回にわたり「トマさん、大好き」「トマさんに会えますように、朝夕、マリアさまに祈っています」の言葉を頂き、喜んでいます。いつか会えると、いいですね。何年後でも、会えると喜びになります。
★誕生日ですから、娘さんに、「トマさんの赤ちゃん」の写真を見せて下さい。かわいいでしょう。何を考えているのでしょうかね。「トマさんも、こんなに、あったんだよ」。それが90年の長がーィ、ジンセイでした。マリアさまが大好き、マリアさまに祈る子供に、そして愛と清さの心で育って下さい。かならず幸せになります。トマさんも、お母さんからお乳をもらう時、かならず、マリアさま、イエスさまの御名前を聞いて、唱えて、飲みました。90年が経った今も同じです。3月は、幼稚園の卒業ですね。ゲンキで、明るい成長を祈ります。
★今朝は、いつものように4時半に起きて、身なりを整えて教会へ。「教会の朝の祈り」「ミサ」で祈りました。ミサは感謝のため捧げて戴きました。ミサ初めに、「一緒に生活しているトマ修道士が、90歳を迎えました。感謝のミサを捧げます。ご一緒にお祈り下さい」と司祭の言葉がありました。
★ミサで祈りながら、感慨深い思いがあった。北朝鮮の町で生まれて、中学生のとき、母の故郷・浦上に帰ってきて、原爆で母を失った。ポーランド人修道者たちに救われて、ポーランドの勲章をもらってしまった。様々な人との出会いが、アタマの中で交差しました。人生って、生きるって、本当に不思議の連続ですね。
★今日は、昼食に、長崎市内で、5、6人の有志が集まって、卆寿の誕生祝いをして下さるそうです。朝、9時過ぎには、高原修道士さんの運転で出かけます。どんな会食、会話が出るか、楽しみにしています。「そうだ、勲章を忘れないように、持って行こう」。帰りは、4時頃になるでしょう。