長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2015年7月7日火曜日
七夕は雨模様。地元の女子中学生が奉仕に
2015年7月6日月曜日
「歩きなさい」とお医者さん。明日は、タナバタ。願いは
毎朝、5時半には出かける教会の祭壇です。教会の祈り、ミサで祈ります。朝食もせずに、長崎へ。クリニックの診察を受けてきました。昼ごはん前に帰りました。お医者さんは「歩きなさい」と勧めます。今は、からだのことは、こまかく触れたくありません。★明日が「たなばた」なので、数人の希望者が、笹竹に、飾りを準備している。短冊に、なにかを書いてください、と皆さんにお願いがあった。2枚、書いた。「貧しい国の子どもたちに、豊かな食料を」「介護に対する労働のきびしさが見直されて、働く人の給与がアップしますように」。職員さん、ヘルパーさん、いつもお世話して下さってありがとう。これからも、よろしく頼みます。「歩いて、歩いて、健康を」と書くのを忘れてしまった。
2015年7月5日日曜日
「写真、いいですか」「ハイ」応じてくれた修道士さん
3日ほど前に、自室に来てくれた東京の松尾修道士さんです。3年前までは、このホームに働いていた。(聞き間違いでなければ)「10年勤めた」といった。介護はベテランです。気さくで、ユーモアがあり、英語も話す。人気があります。園内を彼が通ると、「まあ、なつかしい、お元気、また戻っておいでよ」と、声がかかる。手に手をとる姿もある。長崎で会議がある際は、帰りに必ず寄ってくれる。「今度も、会議があった。今夜、帰ります。いつも日記を読んでいますよ」と慰めてくれる。「そうですよ。日記も沢山の人が読んでくれて、感謝しています」。(4日の土曜日には、233人が見てくれている)。「ボクも、その1人かな」と彼。「写真、撮っても、いいですか」。頼むと素直に応じてくれた。(日記に載せられるとは、観念しているでしょう)。松尾さんが、持上げてくれる。「トマさんがホームに居るので、皆さんの力になっている。自分は10年、ホームに勤めたから、それが、よく分かるんです。頼りにしている」。そう言われて、そんな、そんな、大それた、お世話になってばかりで、何のお役に立っていません、が自分の心情です。出来るだけ、体操、グランド・ゴルフ、書道、コーラスなど、参加しているが、6月半ば頃から、手足がはれて、動きがとれなくなっているのが残念です。★昨日の誕生会についてのコメント、楽しみにしてくれて、ありがとう。うれしいです。
2015年7月4日土曜日
誕生会。歳を重ねる、神さまの恵み、かんしゃ喜び
2015年7月3日金曜日
お客さんが来て、原爆を語りました
2015年7月2日木曜日
元気を出しなさい。はげましてくれる
足が、むくみ、指も、むくんでいる。それでも「歩きなさい」と言われるが、ムクミがあるので、歩きにくい。転倒しても、困る。朝から、教会へ。食堂へ。園内を歩くと、携帯で、1136歩と出た。東京の松尾修道士さんが、自室に見えた。「会議が終わった後で、立ち寄った」。また従姉の家族も訪問してくれた。「なんとか、もう1度、立ち上がりたい」。その思いが湧いてくる。
2015年7月1日水曜日
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