2020年1月6日月曜日

カンコロ・モチ。ウマかなァ。これを食べて、育った、生き抜いた

もう、ずいぶん、むかしの話ですが、五島の福江の町を歩いていると、道端に、小さな石塔のレリーフがあった。そのレリーフの1つに、「カンコロ・モチ」を干している風景が描かれていた。心引かれて、スケッチしたのが、上の絵です。
★さつま・いもを、ふかして、うすく切る。それを日当たりのいい場所で、棚をつくって、干す。干した物に、モチ米を入れて突く。それがカンコロ・モチです。イモを、そのまま切って干すのは、焼酎になる。イモが収穫される時期になると、五島や、外海で見られる風景です。本物のカンコロ・もちは、ウマイ。観光用の餅とは味が違います。
★「トン、トン」と、ノックして、女性が自室に入ってきた。「カンコロ・モチば、食べさするから」と差し出した。焼きたてのモチ。「2切れで、いいよ」。3切れ、くれた。これが五島のホンモノのカンコロ・モチです。このアツさに切り、焼いて、少し、こがして、ホカ、ホカのを食べると、ウマイね。
★子供の頃は、よく食べた。カンコロ・モチの味は忘れない。米が余り取れない農村では、カンコロ・モチを常食にした。貧しかったのです。これで腹を満たした。これで育った。汗も、ナミダも浸み込んでいる。先祖から伝わった味だね。
★外海の父親の実家は、学校に上り下りする通り小道にあった。ゆでたカンコロを干していると、学校の子供たちから、よく食べられた。被害にあったものだ。覚えている。山地に家があり、米は取れず、カンコロ・めしを食べて生をつないだ。昭和初期の暮らしを考えると、戦後は何とゼイタクな暮らしか。長く生きるという事は、様々な食を経験する。
★とにかく、きょうのカンコロは、おいしかった。

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