2019年8月8日木曜日

被爆者は、ぼうこう・ガンの発症率が高かった。わが身にも

尿が出るという事は、私にとって、どれほど大きな恵みであろうか。10年前、突然、血尿が出て、即入院。ぼうこう・がん、と言われた時には、ガク然となった。なぜ、こんな病気になったのだろう?
★その理由が分かった。最近の長崎新聞を見て、これ又、フン然とした。被爆者は「ぼうこう・がん」発症のリスクが高い、とあるではないか。
★「特に被爆時の年齢が、10歳から19歳の発症リスクは、普通の人の2倍近くになる」という。当時、私は17歳。今から10年前、81歳の2009年4月に「ぼうこう・がん」を発症している。
★「ぼうこう・がん」の検査に、尿検査で「細胞診」という判定がある。「Ⅰ」が最も良い。毎月、泌尿器科・医師の診察を受けて、細胞診を出していた。「Ⅲ」から「Ⅳ」に上がっていたのに、診察の度に泌尿器科の医師が変わり、何の治療も行なわなかった。血尿して、破れて、出血して初めて治療に入った。
★幸い、その時の泌尿器科・医師の処置が適切で、BCGの注入で、治癒した。医師は言った。「ぼうこう」を取ろうと思ったが、薬の治療で良くなった、と。「ぼうこう」を取られたら、不自由な身体になる。医師のお陰で、その後の人生も、助かった。それにしても、ぼうこう・ガンが、原爆症に関係があるとは、新聞で初めて知った。原爆は、やはり恐ろしい。どこに後遺症が出るやも知れぬ。核兵器、ああ、恐ろしや。
★4、5か月毎に、ステント入れ替えの手術の際に、ぼうこうに、カメラを入れて診察している。この度の入院の時にも、調べてもらった。「ガン」は無いとお医者さん。尿が正常に出るのを、お恵みと感謝しながら、きょうも生きている。呼吸している。
★ホームの窓から見えた3つのスジ状の雲です。生きていることは喜びです。いいことも、あるよ。

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