2019年8月30日金曜日

神の御意志なくしては何事も起こらない、コルベ神父は信じ愛した

1971年10月、最初にアウシュヴィッツを訪ねた時、写した写真です。
★写真の説明。上から①収容所の建物。②コルベ神父が愛の殉教をとげた「第11ブロック」の建物入口。③地下室へと降りる階段。裸にされて、ここを歩いて降りた。④コルベ神父が殉教死をとげた地下室の入口。多くの巡礼者で、中には入れなかった。3回目、4回目と訪ねた時は、内部に入った。現在は入れない。
★コルベ神父は、アウシュビッツから、母親に最後の手紙を書いた。「1941年6月15日、番号16670。ライモンド・コルベ。1894年1月7日生まれ(注・8日だが、ここは7とある)」
★「私の愛するお母さん、私は汽車で5月の終わりにアウシュヴィッツの収容所に着きました。私のもとでは、総てうまくいっています。愛するお母さん、私と私の健康については何も心配しないで下さい。神さまは何処にもおられ、大きな愛をもって総てを考えて下さいます。私から手紙が来るまで、私に手紙を書かない方がよいでしょう。どれ位ここに滞在するか私にはわからないからです。心からの大きな口づけもって(全文)」
★この短い文面に、コルベ神父の思想が要約されているように思う。
★神さまは何処にもおられ、大きな愛をもって総てを計らって下さる。神への全き信頼の中に、どんなに辛くても困難があっても、幸福を見い出し得た。聖人といえども、苦しみ、悩み、悲しみは一杯あったろう。しかしどんな逆境にあっても自分を不幸と思わず、いや、みしろ自分は神において最も幸福な人間と思っている。だからコルベ神父の生き方は本物だと思う。
★その思想の根底は、神は存在し、神は総てをご欄になっておられるという信仰。神の御意志なくして何事も起こらない。例え体を傷つけられても、焼かれようとも、魂まで踏み込む訳にはいかない。人間で最も重大なのは魂である。だから安心して下さい、とその信仰で生き抜いた。
★総ては神の愛の御手の中にある。コルベ神父の基本姿勢は、自分が仕えられるのではなく、仕える奉仕者の態度であった。愛の勝利を信じるコルベ神父。神が先ず私たちを愛して下さった。愛に反するものは悪であり、だから悪に負けない人になる。彼はこれまで哲学者として、司祭として多くの人に教えてきたが、それを彼自身アウシュヴィッツでそのまま実践した。
★愛が勝利を得るのは、人間が愛の神において不滅な存在だからである。確かに人間の肉体は弱くて脆いだろう。しかし霊魂は神において永遠に生きる。コルベ神父は生涯にわたり、それを教え、愛のなかに死んだ。実に聖人とは、真の幸福を心の底から体験する人であろう。
★なぜ、この記事を書いたか、というと、東京から来た花澤美和子さんが、2年前に、娘さんと2人でポーランドを旅行した。その時、花澤さんが、アウシュヴィッツと、ニエポカラヌフ修道院の写真を送ってくれた。その写真を見ているときに、私が最初にアウシュヴィッツのことを思い出して、当時の写真を見ながら書きました。

4 件のコメント:

  1. 本日はマチア修道士さんの命日ですね。
    安息をお祈りいたします。

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    1. 本当でした。マチア修道士の命日でした。こんな日を忘れて、通過するなんて、シマッタ。しかも、いま、写真展をしている最中に。よくぞ教えて下さいました。どうして、命日を記憶していなのですか?

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  2. マリア・フランチェスカ2019年8月30日 15:50

    コルベ神父様のお手紙強く強く心に響きました。
    有り難うございました。
    お陰様で久しぶりにエリザベトさんと連絡を取りました。
    マチア修道士様のためにお祈り致します。
    感謝と祈りのうちに

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  3. 時には、修道士に戻らなければ、イカン思います。いつも、コメントで励ましてくださり感謝します。長崎、札幌、遠いですもんね。会えない、ザンネン。マチアさん、思い出して、祈ってくれてありがとう。

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