2020年12月26日土曜日

ホームの降誕祭のミサは、多くの車椅子の人と共に祈った。平和と善意を

昨日のホームのクリスマス・ミサ。
山内園長神父さんが司式。瀧神父さん、大野神父さんで捧げられ、祈った。
普段のミサは、車椅子の信徒は、1人だけだが、降誕祭は、車椅子の人も、20人余りが一緒にお祝いの祈りを捧げた。西山神父さんも居られた。
★今年までも無事で、降誕祭を迎えられたのは恵みです。「ああ、生きているな」の実感が湧いてくる。大切なのは「祈り、愛、清さ」です。生活と、人生と、信仰がある。
★「天には、神に、栄光。地には、善意ある人に、平和」。空には、すばらしい、ガンチクのある言葉が飾られている。ホームの湯江教会の「馬小屋」は、毎年の作りと変わらない。幼子イエスが、少し小さいかな。
宿が無かったヨゼフさま、マリアさま。「馬小屋」でお生まれになった幼子。かわいそう、思いますよ。
誰が、どの家族が、馬小屋が誕生地になる人が居るでしょうか。
幼子は、誕生から苦しみ、寒さに泣いていた。最後は、十字架の上で、マリアさまに看取れて、息絶える。ふしぎなイエスの生涯と思いませんか。
世の中は総て「目には、目を。歯には、歯を」で回っている。イエスの教えは、愛。
神を愛しなさい。隣人を愛しなさい。敵が飢えているなら食べさせ、乾いているなら飲ませなさい。徹頭徹尾、愛でした。救いは、愛。
★昨日の祝賀会で、サンタさんになった森さんの、いい顔、ほがらかな表情の写真があるので、載せました。
この顔は、老いても幼子の顔と一緒だよ。
聖なる幼子も、両手を開いて、ヨゼフさま、マリアさまを見ていただろうな。
「幼子の心にならねば、天の国には入れない」
やっぱり降誕祭は喜びだね。
余韻が残る今日は、良い日でした。
ホームの食事も温かい。
★人生は、自分の可能性探しである。人のお役に立てることはないか。失敗しても、失望しない。もともと弱いんだ。自分のチカラに頼ることなく、かがんで、手を合わせて、聖なる幼子の安らかに眠る愛に、目を注ごう。信仰者の生きる道が、馬小屋への道にある。

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