2020年12月11日金曜日

自分の死を思い、死者のために祈る。修道士の身分を忘れるな。愛と清さ

キリシタン子孫の男性から、聞いた。
「むかしのキリシタンたちは、寝る前に、次の祈りを唱えていたそうです。
『ゴザは、カン(棺桶のこと)。
 マクラは、クルス(十字架)。
 この身は、死人(死者)。
 着物は、フタにして(棺桶のふた)。
 アニマ(霊魂)は、天主様に捧げます、
 アーメン』
私も、昔ながらの信仰で生きています」
彼は、熱烈な目は、私を見詰めた。
★上は、祭壇の生け花と、下は、ミサでの祈りです。毎朝、修道服を着て、教会で、祈る。心が安らぎ、落ち着くひと時である。修道士であるのを忘れない。
★ある年の黙想会で、指導の司祭が、しみじみ語った言葉。思い出す。
「一人の、老いた神父が言った。
『死ぬのは、こわいよ。
 だが、それを、超えるんだーー信仰で。
 今、本当の、私に、なる』
その言葉を残して、彼は、逝った」
★『死んで、本当の、自分に、なる』。この言葉が、強烈に迫ってくる。確かに、そう言えるだろう。よくぞ、この歳まで生かされた。感謝しか、ない。トマよりも若くて、元気だった仲間の司祭・修道士たちが、早く逝った。神のはからいは、わからない。
★生かされている恵みを喜んで受け取ろう。日々、「祈り、愛、清さ」。キリシタンのように、苦難があっても、常に、死を思い、神の御元へ帰るのを念頭に、呼吸をつづけたい。

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