2019年10月21日月曜日

サンパツして、アタマが、スッキリなったよ。カンシャだね

自室のベランダから写したホームの庭。三角の影は、玄関の塔。干し柿をくれた男性が手掛けている花壇の列。奥の赤い屋根は、故・初田園長神父さんが建てた館。今は、男性職員の憩いの館になっている。
★きょうは、2か月に1度の理髪の日だった。きのうの夕食時に、職員が食卓をまわって、クジを引かせた。線が並んでおり、線の下は隠している。上に名前。トマの所に回って来た時には、2つしか空席がなかった。「これ」と左側を指した。今朝、教えられた順番は、7番目だった。6番目が、瀧神父さん。順番待ちの時間があるので、入浴する。ゆっくりと時間をつぶして、理髪の部屋へ。瀧神父さんが椅子に座っていた。次は、トマ。おかげでアタマが、サッパリとなった。それで午前中は、過ぎ去った。昼食後は、ベッドに横になる。時間は、ゆっくりと過ぎて行く。
★午後から何を書こうかと思った時、アタマに浮かんだのが、若い頃、病んだ姿の写真だった。この写真、見てください。昭和29年のトマです。65年前だよ。やつれて、やせて、苦難の日々だった。熱が毎日、8度前後あり、血尿・甚だし。腰痛が、ひどい。とにかく、眠い、とメモにある。どん底の試練だったが、それでもメモ日記に、次のように書いている。「①身のまわりを、いつも清潔にし、ヒゲなんか、つとめて、そり、おちぶれないようにする。②よく病気の苦しみにたえる。ほがらかに、安心しきって、すべてを、まかせる。③文句をいわぬ。出来るだけ、与えられた食事は、みんな食べるよう、努める」。こんな事を書いていたなんて、泣けてくるよ。よー、ガンバッタな。(首に掛けているのは「マリアさまの旗」だった。当時は、よく流行って、神学生などは掛けていた)
★いや、いや、④もあった。「感謝の心を失うな。いつもアタマを下げて、感謝せよ」。65年の歳月が流れて、まだ生かされている。91歳になった自分に、そんな気持ちというか、覚悟というか、あるだろうか。沢山の人のおかげで、この歳まで来た。それだけは言える。「きょうは、サンパツして、アタマも、スッキリ、なったよ。カンシャだね」

2 件のコメント:

  1. 25歳の青年がよくぞここまで精神性を高められたものだと思います。
    闘病の日々も長くなるとどうしても自分自身を憐れんでしまい勝ちですが
    信仰と知性で乗り越えられたのだと思います。

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  2. 弱い人間です。祈って下さい。助けて下さい。

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