2020年4月27日月曜日

「はな」ちゃんの母・絵里さんの、ふしぎなご縁。23年頑張る

「はな」ちゃんのお母さん、絵里さん。高校卒業後、18歳で、聖フランシスコ園に勤めて、23年。こまめに、笑顔で、温かい介護に勤め、がんばっている。
「どうして、そんなに長く、勤める事ができたの?」
「基本的に、おじいさん、おばあさん、好きなのよ」
「20年前のホームの老人と、今の老人たちの感じは、なにか違うこと、ある?」
「そーね」と、考え、しばらく答えが出ない。
「車椅子の人、居た?」
「居ましたよ。静養棟があった。20年前は、元気な人が多い。日曜は、パン食だった。老人たちは、初田園長神父の造った「赤い屋根ハウス」で料理を作っていた。自室で、職員が食べた思い出もあるよ」
「北海道・函館で生まれて、なぜ長崎へ? 近所の『おばさん』に連れられて来たんだってね」
「そう、なのよ」
「その『おばさん』のこと、教えてくれる?」
家の近所の「おばさん」との出会い。人生は、1人の出会いで、大きく変わる事って、あるんですね。「ところで、その『おばさん』って、何者?」
初めて、「おばさん」に就いて教えてくれた。函館のおばさんは、近所の知り合いの女性。その「おばさんは、18歳のとき、長崎へ来る。オランダ坂の「ユース(宿)」で、3年間ほど働いた。毎日のように通っていたのが、聖母の騎士だった。中村修道士や、セルギウス修道士を知っている。
函館に戻って、おばさんは、ガソリン・スタンドで働いていた。その近所に、絵里さんの家があって、絵里さんが、3,4歳の頃から、兄3人といっしょに、スタンド周辺で遊んでいた。それが摂理の出会い、知り合いの、おばさんです。
絵里さんが、中高になると、おばさんから、函館トラピスト修道院へ連れて行かれる。トラピストの日本人の神父さんから勧められて、長崎・聖母の騎士へ行くことになる。中村修道士さんに会って、「長崎で働きたい」。ホームの園長・初田神父さんに面会して、就職した。平成9年4月だった。セルギウス修道士さんも知っている。平成27年に結婚して、ホームの湯江教会で式をあげる。皆さんから祝福された。こうして「はな」ちゃんが誕生することになる。
★「おばさん」との出会いが、北海道から長崎へ。ホームの職場に人生を決めた。今度は「はな」ちゃんに、どんな人生が開かれるのだろう。流れ、流れて、つながりがあって、愛と喜びと奉仕のなかで、人のイノチは「はな(花)」ひらく。(初田神父んが造った赤い屋根の家は、今も残る)

1 件のコメント:

  1. がぶらってぃ2020年4月27日 17:16

    絵里さん、お疲れ様です。明るい笑顔ですね。

    聖フランシスコ園では、介護職が23年間もの長い間
    変わらずお勤めできるのですね。それだけ質の高い介護が
    展開されているのでしょう。素晴らしいお恵みです。

    人生に訪れる出会いは、全て神様が用意してくださっているものですね。
    大切に紡ぎながら、生きたいと思います。
    今の私には、トマさんの日記もその一つです。
    ありがとうございます。

    神様の用意してくださる出会いが、時に苦悩に満ちている時があります。
    どうしても愛と喜びの奉仕を静かな気持ちで続けることが、
    厳しすぎると感じてしまいます。
    十字架を背負う覚悟も祈りも足りません。

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