2020年4月17日金曜日

ロムアルドさんの命日。人生には、その折々に世話になる人がいる

人生には、その時、その時代に、育ててくれたり、愛してくれたり、お世話になった人がいる。
★原爆後、雨ふる日、ポーランド人修道院の門を叩いた時、最初に迎えたのは、ゼノ修道士だった。「かわいそう、のヒト」。ゼノさんは院長のミロハナ神父さんを連れて来た。神父さんに抱擁される。院長さんが、少年を引き合わしたのが、小神学校の舎監であったロムアルド修道士さん(写真)だった。
★母を亡くした少年を受けたロムアルド修道士さんは、家族の無い少年に、特別に目をかけて、お世話をしてくれた。当時、小神学生たちは、中学・高校合わせて、126人がいた。トマたちの組は、最上級生で、ロムアルドさんに、一目、おかれていた。食堂では、いつもトマの横にいた。食料が不足の厳しい時代だった。
★ロムアルドさんは、長年、舎監を勤めたが、晩年は、兵庫県の修道院に変わった。今日は、ロムアルドさんの命日。1989年没。享年、78。逝かれて、31年になる。今朝は、ロムアルド修道士さんのため、祈りました。
★よく頑張ったと思いますよ。コルベ神父さまが長崎へ来られた翌年には、ポーランドからロムアルドさんも長崎へ来た。戦争の前から、日本の少年たちのため、大変、苦労なさったでしょう。大きな体で、よく働き、生涯を捧げたと感謝しています。優しい愛情を持つロムアルドさんの思い出は、心の中に深く残っている。
★なかでも戦後、10年ほど経った頃、ロムアルドさんは、アメリカから映画を取り入れた。キリスト伝の「キング・オブ・キングズ」や、メキシコの「ガダルぺの聖母出現」「パドアの聖アントニオ」「ロザリオの玄義」など、トマが解説して、2人一緒に、外海、五島、果ては関西のシスターの修道女院を拠点に、大阪や和歌山まで、列車に荷物を積んで、上映に出かけた。
★ロムアルドさんは「ナツメ」が大好きで、「ポーランドでよく食べた」と言った。シスターから食事を頂いた時、その「ナツメ」が出た。ロムアルドさんは、喜んで、タネを、12,3個、出していた。「懐かしい、なつかしい」と嬉しそうだった。忘れない思い出です。確か、シスターは、トマにも聞いた。「あなたは、何が、好きなの?」。ウン?次のように言ったかな?「スルメ、です」(焼いたイカ)
★いま、ロムアルドさんに会ったら、トマは何と言うだろうか?「日本二十六聖人」活動写真で、がんばったよ、かな。

2 件のコメント:

  1. がぶらってぃ2020年4月17日 15:20

    今日から なつめをいただく時には、
    ロムアルド・ムロジンスキー修道士さんを想うことができます。
    ありがとうございます。

    人には、さまざまな場面で 助け、導き、支え となり、
    愛を示してはたらいてくれる人がありますね。

    生活の中で見落としがちな場面であっても、
    必ず 神から使わされている人が 関わってくださっています。

    私が、それらのはたらきに気づきながら、
    感謝を伝え切れているのか。
    日記により、改めて問われました。

    すぐに動きます。

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  2. マリア・フランチェスカ2020年4月17日 19:48

    聖母の騎士のFacebookにも掲載されていました。
    ロムアルド・ムロジンスキー修道士様の為にお祈り致します。

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