長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2015年4月14日火曜日
大山教会のマリア・サクラは見事な咲きっぷりです
夕食のときに、職員さんが1通の手紙を渡してくれた。長崎の女性からで、「私は、今年の1月半ばに、湯江教会の前で偶然にお会いした「若い男女」の1人です」と書かれていた。そう言えば思い出した。1月18日の午後、ロザリオの祈りへ行くとき、教会の庭で出会った2人と、青い車を忘れない。「小崎サンですか」と女性から声をかけられ、こちらも嬉しくなって、思わずアクシュだけして、それだけで別れた。祈りもあったので、お話が出来ないのが惜しまれていた。あれから3ヶ月経って、よくぞ手紙をくださったな、と嬉しくなった。それと同時に、もう1つ、嬉しいことがあった。1枚の写真が入っていた。裏に、平成27.4月、とある。今年の、長崎・大山教会のサクラだった。★聖母の騎士では毎年、このサクラが満開になると、大山教会へ巡礼し、教会で祈った後、サクラの聖母マリア像の前で弁当を食べる慣習があった。毎年、毎年のことで、3、4人から始まって、昨年、2014.3.30.日曜日は、11人がサクラの聖母像の前で写真に納まっている。りっぱなサクラだった。小鳥のさえずりも聞こえる。風も爽やかだ。1年経っても、サクラは変わらないが、人は大きく変わってしまった。あのときは元気だったのに、たった1年で今のようになるとは夢にも考えなかった。懐かしいサクラ・マリアの写真を、ジ-ッと見ながら、「ありがとう、ありがとう」と、こころの中で、感謝の祈りをささげた。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
本当に 神様の 時 って 御恵みですね。静かな そして大きな 神様の愛を 感じます。この美しい桜にも 季節の変わり目 その流れにも 愛がいっぱい。 時を感じます。 私の友人のご子息の為 お祈り頂きまして 感謝でございます。2月22日 に召されました。 本当の愛に出会えば、苦しみ、痛みは 乗り越えられるーー 苦しみを乗り越える力 それは信仰であろう。ご家族も 私達家族も 神様の愛、信仰に 感謝でした。 私の友人、 母親の強さに圧倒されました。改めて 色紙 その強いお言葉に 感謝してます。
返信削除koko様
返信削除私もお祈り続けておりました。
ご家族の皆様、koko様のお心お察しいたします。
ご友人のご子息様が
神様のもとで永遠に憩われますようお祈り致します。