長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2015年4月10日金曜日
父親よ、父の思い出を語る人が、うらやましい
いきなりだが、2年前に書いた、こんなメモが見つかった。「だから、今がある。苦しみがあっても、逆境に立っても、ハネのけて来た。のりこえてきた。その証拠に、今がある。今があることが尊い。まわりから冷たくされても、踏まれても、それでもハネのけた。過去に耐えてきた。生きてこそ、いのちだ。耐えてきた歴史こそ、真実だ。本当に、オレのものだ。生きてきた証でもある。大切なのは、今、あることだ」と。いま、このメモを見ながら、ずいぶん、思い上がったことを考えていたな、そう、うくずく反省しています。苦しみが、あったか。逆境が、あったか。踏まれたことが、あったか。あのメモを書いてから、本当の苦しみが、本当にあった。「ああ、やっぱり、乗り越えてきたんだ」。それは今の実感です。今が大切、それは変わらない」★「笑顔を、くれる人」。明子さんの写真です。夕方の散歩の途中で撮った。笑いが、すてきだね。時々、私の顔を見て言うんです。「父に、似たところが、ある」。どこが似ているんだろう。体系か、性格か。似ている、そう言われれば、嬉しいですよね。昭和の初めから、戦争の前から生き抜いてきた、跳ね除けてきた歴史を背景に感じるのでしょうか。明子さんは、決まった曜日、時間に会いに来てくれる。和ませてくれます。活気が出てきます。★最近、こんな手紙が届きました。数年まえに、父を亡くしましたが、信仰には導けなかった。悔やまれております。戦争や、病気で苦しむと、父のような考えになるのが普通かな、とも思います。トマさんのブログを読みはじめて、決してそんなことはないと、励まされています」。★7歳のとき、病気で亡くなった父。父の思い出は、ほとんど、ない。それが一番、悲しく思います。人生に、どこか穴があいた感じがします。父親の思い出を語れる人が、うらやましい。
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明子さん素敵な笑顔、そしてお優しさが伝わります。
返信削除小崎さんのブログを読むと
神様に心が向かいます。
次の日曜日、復活節第二主日は
返信削除「神のいつくしみの主日」です。
この日に頂ける全免償を、ぜひ
祈り求めて頂けますように。
神のいつくしみによって、トマス小崎
田川 幸一修道士さまが恵みで満たされ
ますように。
神のいつくしみこそが、ひとりひとり皆の
真の父です。