歳も、85、にもなれば、考える。オレのジンセイ、この世に生きて、これで良かったのか。修道士になって、迷っては、いけませんね。それは、わかります。ムリしないで、平凡に、考える。マンゾクだったのか。どうせ、ニンゲンのイノチには、限りがあります。「良かった」と言って、幕を閉じれば、それで、よし。韓国・明洞(ミョン・ドン)聖堂は赤レンガの造りで、リッパでした。戦争のときも壊れなかったのでしょうかね。建物は、かわりませんね。ただ写真が撮りにくかった。逆光線になるのです。朝の9時頃の写真です。一段と、高いところにあります。登り坂は、工事中でした。ホテルから聖堂まで、タクシーを使いました。なぜ、小崎修道士が、この歳まで、生かされたのか。それは分かりません。ただ、折々の、困難なこきにも、助ける人がいたんですね。ありがたい。あの人、この人。助けてくれた。だから、今が、ある。そんなことを今朝は考えました。明洞聖堂の内部には、両壁の上のところに、回廊があります。回廊がある教会は、由緒ある建物です。長崎でも、回廊があるのは、そう沢山は、ない。黒島天主堂、田平天主堂、青砂が浦天主堂、これぐらいでしょう。韓国の旅も、この教会の祈りで終わりました。いつも、祈りは、あります。神さま、ありがとう。今年は、これで旅をおしまいにします。あち、こち、回ることが出来ました。健康を与えられて、きょうも、感謝です。
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