2020年11月2日月曜日

死者の日を迎えて、親友だった小神学生を偲ぶ。墓標を持つのは私だった

 

死者の日。教会では、両親や家族、知人、友人、恩人、すべての死者のため祈った。
なぜか、小神学生の同級生だった「ヨゼフ雅一」のことを思い出し、祈った。仲のよい親友だったが、肺結核のため、聖母の騎士で逝った。18歳だった。
カシアノ修道士が、温かい看病をつづけた。終戦直後のこと、食料難のなか、それでもバター、チイーズ、卵など、栄養のある食事を準備した。しかし全く食欲がない。食べれない。見舞いに行った我々が、おいしく頂いた。「神学生で死んだ者は、天国で、司祭になるのよ」と、ある母親が言ったが、そうだと思った。
闘病3年、苦しかったであろう。
しかしポーランド人修道士たちから愛された。臨終になった時、彼は、やせ細った両腕を天井へ差し出して、右手で、左腕をこする仕草をしたという。血液が、手の先まで行くようにという、無意識のうちにも生きたい動作だった。そのことを70年が経っても、覚えている。
ヨゼフ雅一の墓標の字は、私が書いた。十字架を持っているのは、私だ。小神学生が、こんなにも多く居た。後方に、修道士たちが連なっている。
進駐軍が置いたジープや、道路に敷く穴あきの鉄板が懐かしい。木造の建物は、洗濯干し場と、パン焼きカマもあった。
★戦争が終わった頃の人の心や態度は、整然とした規律に立たされていたように思う。自由、勝手は、なかった。死者の日に、十字架を持った私の写真を見つけたので、日記に書きました。ヨゼフ雅一は、神のイノチに生きている。そう信じたい。

2 件のコメント:

  1. マリア・フランチェスカ2020年11月2日 15:58

    ヨゼフ雅一様の為にお祈り致します。
    トマさんが死者の日にヨゼフ雅一様を紹介された事を天国でお喜びでしょう。

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  2. がぶらってぃ2020年11月2日 18:22

    天使のような姿のヨゼフ・小島雅一神学生。
    今は天国で司祭ですね。3年もの病を受け、
    大きな役割を果たして召されたとわかります。
    墓標も仲良しのトマさんに書いてもらえて、
    嬉しかったと思います。

    大切な葬送の写真から、学ぶところは大きいです。

    おっしゃるとおり整然とした規律、
    あるべき姿の体現、こめられた深い愛と志。
    誠という目に見えないものに生きるイノチを
    見せてくださっています。

    昨今の年々緩くなる世間では、
    伝わりにくくなる筋が
    はっきり見えます。

    今日は特に、ヨゼフ・小島雅一さんの犠牲と愛に
    感謝します。トマさん、大切な心を見える形で
    お示しくださり、ジンクーエン。

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