2012年4月30日月曜日

ジャスミンの花が咲き、春、4月も終わる。30秒の魅力語



今年は、寒かったせいか、やっと、ジャスミンの花がかわいく咲いた。「おお、咲いたか」と見上げる私。昨日から、5月の大型連休が始まり、今週いっぱいは休みとなる。中に2日は平日はあるが、何やら気分は休みの感じである。見学者が、チラ、ホラ、来ている。「ピン、ポン」。音が知らせる。見学者が来たとき、折を見て出て声をかける。私は修道服を脱がない。いつも着ている。これを見ると、すぐわかる。「いらっしゃい」「どちらから?」「今日は(旅は)何日め?」「どこ、どこを、周りました?」など。一瞬の出会いです。「神父さん、ですか?」「イヤ、修道士です」。30秒で、こちらへ興味を持たせる決め手となる言葉は無いでしょうか。私の、独特の、セリフなんです。こんなのは、どうでしょうか?★①「原爆に、あいましてね。この道に入って、60年なんですよ」★②「84歳に、なります。昭和の、3年の生まれです」「え?ホント。70代かと、思った」(昨日の奥さん)。★③「コルベ神父さまは病気でした。苦労しましたよ。お医者さんが、永井博士です」★④「私はね、ここの神学校で、永井先生から、理科を習いましたよ」★⑤「人生にとって、最も大切なのは、愛とイノチです。イノチの尊さ、よくわかる。愛が一番難しい」★⑥「元気が必要です。共同の祈りは、いつも大きな声で唱えていますよ」★⑦「人生、勢いが必要です。ヤリ投げでも、走り幅跳びでも、走って行って、勢いつけて、ポンと飛ぶ。その気持ちが湧いてこないと、文章も書けない。イキ(息)が、つづかないよ」★⑧「外海に行った」という見学者に。「遠藤先生の『沈黙』知っていますか?私ね、遠藤先生を、長崎市内を案内しました」★⑨「いろんな勉強したり、いろんな話を聞いたけど、最近、歳をとって思うことは、一番ありがたいのは、幼くして、母から教えられたカトリックの教えですね。これが一番ありがたい」★⑩「科学者は、人は死んだら終わりです、チャラになると言うけれど、それじゃ寂しいよね。親につながり、愛する人につながり、死者につながり、聖人にもつながり、神の愛で生まれて、神のイノチに帰っていく。神につながる。『つながり』ですよ。チャラになると思うのも、つながると思うのも、自由だからね。希望を持って、今を生きたいね」

2012年4月29日日曜日

昨日、食べたデザートです。きれいでしょう

食べる話ですみません。昨日、赤いスープを食べたでしょう。あれは第1の皿で、第2のメインの皿は写真を載せないで、パスしますが、次に、第3に食べたのが、このデザートでした。チョコレートで、星屑のように光り、中はアイスクリームが包まれています。きれいでしょう。印象に残る一品なので載せました。4月も、入院などで、いろいろありました。でも無事に今日を迎えました。連休が始まり、見学客が三々五々来ています。知り合いの司祭も来て、「おお、何だ。ゲンキ、しているじゃないか」と笑っていた。

2012年4月28日土曜日

町を歩く。春風にさそわれて。よかったよ

たまには、アーケード街に出てみよう。最近は軽は運転しない。タクシーに乗った。
教会の近くにお住まいがある信者のタクシーを会社から呼んでもらった。効果はあったよ。降りたとき、小さなバッグを忘れた。数歩、歩いて気が付く。携帯はバッグに。困ったな。電話を探して、会社に電話すると、「確保しました」の返事。安心した。今日、買い物したのは、「匂いの付いた水」です。手首と、耳の後ろに、チョッとだけ付ける水ですよ。老人になって、加齢臭っていうんですか。尿の臭いもあるしね。騎士はやっぱり、シャンとしておかないと、いけないからね。「1人で買うのは、気が引ける」。買っちゃったよ。本屋へ寄ったが、「生きる、1言の知恵」のようなピッ足し本は目につかなかった。昼飯は、ポーランド料理を思い出しながら、写真の赤いスープ、ボルシチを食べた。ビート、じゃがいも、ニンジンです。おいしかったな。帰ったのは、午後2時でした。「待て、待て。立ち止まって、『心の景色』も見よう、そう歩きながら考えたよ。何のことですか?心に浮かんだことも有るのです。

2012年4月27日金曜日

千草さん、来る。おお、世話になったな。ゲンキだぞ

開館と共に、千草さんが来る。自宅から、徒歩と、電車で、1時間かかったという。アンネのバラを持ってきた。「入院中は、お世話になったね」「どう、その後、からだの調子は?」「まあ、何とか、がんばっているよ」。アンネのバラは、フランシスコ中村修道士からもらったものを、庭に挿し木して、1m以上に育てたという。フランシスコさんといえば、修道院の受付で、もう一昔まえの話になる。「よく育てたね」と感心。近々、沖縄での平和行進、毎日、20kmぐらい歩いて、4日間のイベントに出かけるという。それを聞けば、タダで帰すわけにもいかず、若干のカンパを行なった。5月に生まれたので、千種と親が付けたそうな。年令聞かず。とにかく、小まめに動く女性です。おかげで助かった。「出るクギは、打たれる」で、いろいろ言うものは居るらしいが、介護の現実だけは、動かし難い。とにかく若いうちは、アセ、流したほうがいいよ。

2012年4月26日木曜日

聖霊よ、私のうちに働いてください。何もわかりません

聖コルベ館に来た中年の女性に、私が問うた。「あなたにとって、いま一番大事なことは何ですか?」。女性は答えた。「人間関係です」。ああ、この人は1人旅。長崎へ来て、ひとり静かに考えたい、そのように思っているのかなァ、と想像した。ごめんなさい。「長崎の教会に入って、ゆっくり落ち着いて、教会の天井でも見つめ、あるいは自分を見つめ、祈りなさい」と教えた。今朝の聖務の祈りに、「神よ、私たちの内に居られる聖霊の働きを深く悟らせてください」とあった。聖霊の働きとは何だろう?聖霊の働きを、もう少し、教えてくれる人は居ませんか。信じる心を強めてくれる。悪から守ってくれる。神への愛の証となる。からだの不自由な人、病気に苦しむ人が近くに居るでしょう。そういう人を慰め、励ましてください。人間には弱さがあるが、神の力によれば、試練に耐えることができます。だから希望を持ちなさい。★コメントを見たら、昨日、雨にぬれつつ、道に迷ったという女性の声が載っています。実は、あのとき急ぎの原稿を書いていたので、ゆっくり応対もできずに、また時間もないと言われたので、まことに残念でした。悔やんでいます。また来てくださいね。こんどは、ゆっくり、遠藤先生との出会いの話を聞かせますよ。

2012年4月25日水曜日

大浦の聖母の騎士が宣教を始めた場所。汗と涙の匂いあり

昨日はコルベ神父の長崎上陸記念日ですから、じーっとしておれずに、午後から、タクシーで、長崎市内・大浦の、最初に聖母の騎士たちが住んだ家の跡地へ行きました。久しぶりの大浦は、観光地ですから、相変わらず大勢の旅行者たちで溢れていた。雰囲気がすっかり変わりましたよ。文化的、商売的になってしまった。精神が大切だよ。コルベ神父らが使った暖炉。当時は寒かっただろうな。汗と、涙の、匂いをかいだ。私はここで、コルベ神父のやり方に、どーしても、ゲセない行動がある。4月24日に来て、5月24日に日本語の騎士誌第1号を出して、それまでは、いいが、6月2日には、コルベ神父はゼノさん、他に修道士1名を残して、自分はポーランドへ帰国している。この行動は、どうしても、たまらない。ゼノさんが可愛そうだよ。日本語、わからない。お金もない。本当に心細かったと思う。ボクならモンクを言ったね。「コルベさん、勝手すぎるよ」。聖人の行なうことは、凡人は付いて行けない。ゼノさん、偉い。と言うか、無感覚というか。ゼノさんも油断ができない人だった。とにかく昔の人はエライ。今の常識は通じない。作家・遠藤先生を案内したとき、先生はこう言った。「ここは日に何千、何万の観光客や学生が通る。1人でも、2人でも、いい。ここに世界でも有名な聖人が生活していたんだよ、わかってくれたら、それで、いい」。

2012年4月24日火曜日

3つの記念日です。上陸。命日。日記の書き始め

①1930年(昭和5年)4月24日。コルベ神父、ゼノ修道士たち聖母の騎士たちは、この日の午後1時頃、長崎丸で長崎港に到着。日本の地に、第一歩を記した。彼らが長崎へ来たおかげで、私も聖母の騎士に入ることができた。②1982年(昭和57年)4月24日。この日、ゼノ修道士が神に召される。ちょうど長崎へ上陸した日の同じ時間、ローマン修道士の証言によると、午後1時頃に、東京のベトレヘムの園病院で、ゼノ修道士は亡くなったそうである。日本生活、52年。90歳であった。没後、30年になる。また今日は、私ごとながら、もう1つの記念日でもある。それは③『登明日記』を書き始めたのが、3年前の、2009年(平成21年)4月24日であった。あれから毎日、ブログを書くのが楽しみとなった。しかし実は日記を書き始めた動機は、少々深刻で、その同じ月の4月2日に、突然の血尿を見て、ボウコウ・ガンといわれ、身も心も痛む療養生活が始まったからであった。「人は、どのように死んでいくのか」。記憶しておこう、そういうヤボな気持ちでパソコンに向かった。あれから3年が経過して、本当に様々な、膨大な出来事が起こったと思う。そして最後を言えば、先日の、思いもかけぬ腎臓に発症した結石であった。1週間おきに、2回の全身麻酔をさせられ、2回にわたって、大小、13個の結石を取り出し、見せられたときは、さすがに唖然として、これが尿をストップさせた原因かと、奇妙な気持ちになった。日記も4年目に入る。さあ、これから、どんな人生が待っているのか。切り開いていくのか。さらに楽しみである。どうぞ、日記を読んでくださる皆さんも、つづいての応援をお願いします。