2020年6月8日月曜日

「赦し」に、こだわる。1枚のメモ。父親の手の動き。原爆の感想

自室の椅子に座って、手の届きやすい棚に、これらのメモや、資料、活字の切り抜きなど、入った小箱を置いてある。殆ど、ホームに来る前に、集めたものです。いま、「赦し」に、こだわるなか、「はなし」の束に、こんなメモを見つけた。
★ホームに入居する前の話(年月日あり)です。朝、5時半に、民放のテレビで見た。小学生の男の子が、何者かに、傷つけられ、殺された。警察が、犯人をつきとめ、公園に連れ出したが、逃亡し、ビルの屋上から、自殺した。殺害された父親の後ろ姿の話。「なんで、うちの子が」。怒りと、恨み。父親は、たまらない。犯人自殺と聞いて、あやまってもらえないと絶望した。
★すると、母と、兄が来て、玄関で、土下座して、あやまった。仏壇で、あやまって、ほしい。男の子の、笑って、手を『V』に突き出している写真の前で、母と兄は、泣いて、泣いて、あやまった。
★その時、父親は言う。写真の〇〇(名前)は、言っているようだった。「お父さん、もう、許して、あげてよ」。自分は、知らず、知らずのうちに、兄の背中を撫でていた、と。(ウラへ)
★メモのウラを返せば、「怒って、当然。憎んで、当然。それは当然なんだと認めた上で、しかし許した人も居る」と書いていた。父親が、犯人の兄の背中を撫でる記憶が僅かに思い出される。父親の手の動き、ナミダながらにしか見れない場面だった。
★実は、メモには、一線が引いてあって、次の文章があった。日付は、次の日になっている。民放のテレビが、カメラと共に来た。カトリック信者の被爆者を取材したい。原爆にあった時、どう感じたか。発言してほしい。
★私は言った。信者だって、怒った、憎んだ。しかし我々の先祖は、迫害されても、憎まず、怒らず、耐え、受けた。そういう人たちも居た。だから、この原爆の苦難を受けとめて、耐えて、これからは未来へ向けて、明るく、がんばろう、そう思ったが、もちろん、打ちひしがれた人も居た。それは当然のとこだ。
★これが、私の考えだが、テレビに映るのは、拒否した。テレビは、残念と言いつつ、帰って行った。
★これで1枚、うら、おもてのメモは終わっている。

1 件のコメント:

  1. がぶらってぃ2020年6月9日 17:14

    こんなにも大事な資料と考察!
    何というお恵みでしょう。

    トマさんが書いてくださるからこそ、
    我々にも共有できます。

    がぶらってぃは、トマさんがテレビの取材には
    応じられ、放送に乗るのを断られたのは
    正しかったと思います。

    事が起こった意味を考え深めていくことで、
    時のうちに救われることもあるという
    時を待つ赦しの姿勢の一つの形は、
    情報を消費するテレビの価値とは、
    離れているように思うからです。

    がぶらってぃは、今も「時を待つ」ことを学んで、
    耐えています。常々時に追われがちなのは、
    やり過ごす態度に不十分だからかと振り返っております。

    トマさん、ものを考え、信仰を温める時を
    与えてくださり、ジンクーエン。

    返信削除