2020年6月12日金曜日

満員列車で、2度出会った老人。ふしぎなご縁を、今朝は思った

ホーム・湯江教会の祭壇の生け花です。ユリの季節になりました。今朝は、起きた時に、むかしの、ある「出会い」がアタマに、よぎり、残りました。
★以前、長崎から東京へ旅した時、特急寝台車を利用した。ちょうど、朝の6時頃、広島に着くのです。その頃、「小出哲夫神父さん」が、中江藤樹の研究をしておられた。江戸初期の儒学者です。小出神父さんは「藤樹学会」を熱心に主宰しておられた。私は広島で下車して、小出神父さんを訪問する予定だった。
★ところが、誤って乗り過ごし、次の駅で下車することになる。広島へ戻るために、普通列車を1時間ほど待っていた。列車に乗ると、車内は満席で、座れない。幸い、1つの席を見つけて、そこへ落ち着いた。すると前に座っていた老人の手元に、「聖パウロ物語」の本があった。そこで老人との会話が始まった。これが「出会い」でした。
★老人は「最近、洗礼を受けました」と言った。「聖母の騎士を知っていますか」と聞くと、「知らない」と答えた。がっかりした。「小出神父さんを知っていますか」と更に問うと、「会ったことは、ないが、ハガキをもらった」と言った。
★広島駅で下車した私は、小出神父さんを訪ねた。初対面だったが、みやげの「カステラ」のお陰か、親切な応対を受け、中江藤樹の話も聞き、昼食まで頂いて、午後2時頃の急行列車で、東の方向へ向かった。
★急行列車は混雑し、満席だった。1つの席をみつけて、座ると、目の前に、あの午前の老人が居るではないか。いま考えても、ふしぎな出会いだった。人生に於ける、こんな出会いは、2度と無かった。全くの恵みの再会。人生には、こういう出会いも、あるんですね。2度の、列車での出会いで、その後も、老人のお宅にも度々おじゃまし、娘さんにも会った。老人が逝かれた後も、娘さんのと交流は長くつづいた。ホームにも訪ねて来られたこともある。
★写真は、朝の祈りの前の、高原修道士さん(右)と瀧神父さんの後ろ姿です。
★ミサの後、朝の食事のとき、瀧神父さんに「中江藤樹、知っている?」と聞いた。「知っているよ」「小出神父さんは?」「知っているよ、イエズス会の司祭だろう」「えェ、そうなの」。瀧神父さんも「藤樹学会」を覚えていた。「薄い雑誌(小出神父さん発行)だったから、負担にならず、読み易かったよ」と、指で、薄さを、示した。「ああ、その雑誌ね、トマも覚えているよ」。ネットで調べてみると、「小出哲夫神父(1913-1985)中江藤樹学会・名誉会長」と明記されていた。
★列車で出会った、あの時の老人の言葉を忘れない。「私は、救われるでしょうか?」。難しい問題だ。それに対して、当時の私は、こう返事した。「救いは、神の恵みです。私たちに、その資格が有るから救われるのではなく、神さまからの恵みとして、よい生き方をすれば誰にでも与えられる。素直に心を開き、そのお恵みを受けましょう」
★「偶然の出会いによって、1つの記事が書けた。あるんだな、そんなことが。だから人生は、毎日が、おもしろい。楽しい日々が、過ごせる」

2 件のコメント:

  1. 今日も、素敵な言葉を
    どうもありがとうございます!
    じめじめとした、部屋の中が
    爽やかになった気がします。

    登名さんのお話の中には、
    時々、そんな偶然があるの!
    と、思ったりしますが、
    神様の計らいなんでしょうね!

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  2. がぶらってぃ2020年6月22日 11:15

    神さまが用意される出会いは
    不思議に満ちていますね。
    豊かな広がりに繋がっていることが
    よくわかります。

    トマさんに「救われるでしょうか」と
    たずねた方は、トマさんと出会った時点で
    実は救われていたのだと思いました。

    小出神父さんについては、何となく聞いたことが
    あったと思いますが、記憶から抜けていたところでした。
    注目する機会をくださってありがとうございます。

    もたらされる救いを敏感に感じ取れる自分で
    あれるよう、心して祈り続けます。

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