コンベンツアル聖フランシスコ修道会・日本管区の「兄弟の集い」の最終として、本修道会員の司祭叙階50周年金祝と、25周年銀祝のお祝いが、長崎・聖母の騎士教会に於いて行なわれた。
★左から金祝の①ベナンチオ水浦征男神父(77歳)=長崎・聖母の騎士。②ニコラス・スワイアテック神父(77歳)=愛知県瀬戸教会。銀祝の③チェチリアノ赤尾満治神父(52歳)=兵庫県西宮市仁川学院。
★祝賀ミサの司式は、ニコラス神父。彼の力強い先唱の声の祈りと、歌で始まった。同修道会の多数の司祭たちによる共同ミサ。沖縄のベラルド押川壽夫司教も参加された。説教は水浦神父。「15.262。この数字は何だか分かりますか。50年間、これだけ毎日ミサを捧げてきました。司祭最大の務めは、ミサを(完璧に)捧げることです。お祈りください」
★ミサの後は、教会ホールで祝賀会が行なわれる。ここでの水浦神父の挨拶。「日本に沢山の司祭が居られるが、私に自慢出来る事がある。それは体重が最も少ないという事です。生かされています」。水浦神父は療養中です。
★祝賀会のとき、押川司教は、水浦神父について、こう絶賛していた。「彼は上智大学の新聞学科を出たジャーナリズムの専門家です。教皇が来られたとき、日本の教会にとって貴重なメディアで苦労した。コルベ神父はメディアで最先端で生きたい司祭だった」
★ニコラス神父は、アメリカ人で、「日本に、33年間」宣教している、と述べた。
★赤尾神父は、壇上に家族と共に上がり、両親をはじめ一同を紹介した。生んでくれて、ありがとう。生まれてきて、ありがとう。そういうオーラーが輝いていた。赤尾家の皆さんは、「幸せな方、マリア」を合唱した。それは素晴らしい音楽だった。家族の支えで、司祭は育つ、その証を現実に目に前で見せてくれた。会場内は感動の渦に舞い上がり、喜びに満ちた。
★「順境のときも、逆境のときも、兄弟愛のうちに、一日一日を大切にしつつ、神から与えられた愛の奉仕を、これからも果たしつづけることができますように」(ミサ中の共同祈願より)
★お祝いのミサと祝賀会で、トマは珍しい女性に出会ったが、それは次に報告しましょう。
トマさん 土曜日は行けませんでした(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
返信削除家族の事でドタバタしてて 心は教会にあったのですが 赤尾神父様と水浦神父様とトマさんに会えると楽しみにしていたココナでしたが
本当に残念でした。