聖コルベ館に勤めて、20年が経った。今年は85歳。こんなに年を重ねると、1年、1年が大切だし、毎年、思い出もある。特に、新年には、これから始まる年の最初に、誰が1番初めに来るか、大きな興味のうちです。昨年は、元日には待っても待っても誰も来ない。閉館まぎわになって、暗くなって、東京から母と娘がやっと来た。「おお、来たか」と嬉しかったよ。サイン帳に残されたメモから、この母親を「元日のエリザベット」さんと呼んだ。ひんぱんに、ブログにコメントを書いたし、また夏に、入院したときは、九州に用件があった、と足を伸ばして、見舞いにも来た。今でもご縁がつづいている。さて、今年の元日の入館者はどうだったのか。何と、元日は全く誰も来ない。人影もない。寂しい正月だった。不景気の関係か。それとも例年にない寒波の影響か。正月、昼寝もしないで、勤めていたのに、誰も来ない。「ああ、ザンネンなり」と閉館した。次、正月の2日。昨日だ、今日は来るだろう。1日じゅう、待っても来ない。結局、この日も全く誰も来なかった。正月、入館者は「ゼロ」だよ。
そして今日、3日目だよ。我が思うは「ジンセイ、成り行きに、つながる縁が、ある。これが不思議なり」の実感がある。昨年を思え。最初に来たのは、東京の母親と娘さんだった。その娘さんが、午前中、1番に入って来るではないか。「おお、来たか。よー来たな」。感動ものだったよ。「ゲンキしていた?」「ハイ」。資料室に入らせて、黒い長イスに座らせる。去年も、こうして母とこの娘を座らせた。あのとき、母に聞いた。「いま、漢字の一言で言い表すなら、何ですか?」。母は答えた。「悟」です。「え?サトルとは」と思いつつ、(ああ、この家族には、何か、あるな)。娘さんは、高校へは進学せず、就職した。17歳と言う。(ああ、やっぱり)。その娘さんが、18歳になって、1番乗りでやってきた。おもしろいじゃないですか。そこで娘さんに、いろいろ質問攻めをしたわけです。中学しか出ていないが、音楽関係の出版社編集に応募した。500人が集まった。その中で、編集長が真っ先に採用を決めたのが、この娘さんだった。「ありのままの経歴、目をかけてくれた」と幸運をつかんだ。娘は言う。「沈みそうになっても、沈まない。船体に沢山の部屋があるから」。85歳は、マイッタよ。向こうは18歳だよ。少女時代の困難を淡々と語る18歳。夢があると、目を輝かせる。興味は増して、彼女の人生を聞いてしまった。帰りに、色紙を2枚買った。1枚は母のため。1枚は自分のため。彼女が選んだ色紙には、「ほんとうの愛に、1度でも出会えば、十分、生きていける」と筆字であった。サイン帳には「・・・」と記していた。★午後から、外国人が1人、家族連れが3人、入館者があった。
コルベ神父様に導かれて、
返信削除2年連続1番乗りになったのでしょうか。
幼稚園のころ、
「コルベ神父物語」(曽野綾子著 聖母の騎士社)を
読んで聞かせたら、目にいっぱい涙を浮かべて、
この人すごいよ、と、お父さんに報告に行った娘です。
不思議なご縁を感じます。