2020年12月17日木曜日

イタリア輸入のケーキをもらった。あと1週間で降誕祭。弱さを認め祈る

早々と、クリスマス・ケーキを、シスターさんが持って来られた。
筒状の立派な箱の裏に、イタリア語の説明文と、小さくイタリアの国旗。イタリア産のケーキらしい。妙なケーキの形。なんと言ったら、いいのだろう。一瞬、スペインの未完成の、塔が高い教会を連想した。ふわ、ふわで、かみしめるごとに、幸せを感じる。クリスマスって、世界中、喜びなんだね。戦争は止めようよ。肌色が違っても仲良くしようよ。降誕祭は平和の日です。
★ケーキを持って来られたのは、このシスター。もう昔の話。昭和30年代かな。トマは、結核で、養護施設がある山の修道院で、療養していた。施設には、私立の小・中学校があって、大学を出たばかっりの女性が、1年か、2年か、小学生の授業を担当していた。その女性が、このシスターです。
今年の10月に、60年ぶりに訪ねて来た。お互いの顔を見て、「年月には、逆らえんね。歳をとったよ」。でも再会は嬉しかった。この度はケーキまで頂いて、喜びは倍加した。こつ、こつ、歩みつづける人生って、いいね。むかしのご縁が、今につながる。「感染症の終息を願いつつ、主の豊かな祝福を祈ります」と、サイン。シスターは来たが、トマは長崎へ診察へ出かけたので会えなかった。
★あと1週間で、降誕祭を迎える。ある人が言った。「人間には、誰しも、弱さがある。それを認めて、ひざまずく。そこに、神は、居られる。清くなりたい、強くなりたい、あこがれる。それが、なかなか出来ない。弱さを語ると、人と、人との間が、ちぢまる」

2020年12月16日水曜日

高原修道士さんの運転で、長崎のクリニックへ診察へ。疲れた一日でした

カラダのことは、お医者さん、任せです。
長年、毎月、診察を受けている長崎市のヨゼフ・クリニック。高木先生に、お世話になる。とはいえ、毎月、長崎市まで通うのは、苦難でもある。
朝、8時に、ホームを出発し、帰ったのは、午後2時でした。「先生、写真、1枚」「もう、いいよ」。振り返ったところをパチリ。
今年も、いろいろ心配かけました。先生も、ずい分、歳をとられたよ。
★長崎へ出たついでに、耳鼻咽喉科にも診察を受ける。左の耳から、アカをつまみ出し、右からは、炎症後の異物が出てくる。声帯も、カメラで診てもらう。「声が、ウマク出ないのは、なぜだろう」。いつも、そう思う。パソコンの画面に、毎回の映像が映る。比べても、変わりはない。素人の目にも分かる。
★聖コルベ館にも寄った。事務室で、山口院長神父さんに会う。高原修道士さんは、ルルドの水をポリ箱に汲み取り、何個も車に積んだ。湯江修道院やホームの皆さんが愛飲する。
★やはり疲れた一日でした。 

2020年12月15日火曜日

テレビに「遠藤周作」が出た。トマの遠藤先生の思い出。対談と案内を

作家・遠藤周作先生と、対談した時の写真です。40年ぐらい前になります。
先日、テレビが報じた。「遠藤周作の未発表の小説=影に対して」が見つかった。それ見て、遠藤先生とのご縁を思い出した。対談は、東京で、「コルベ神父・列聖記念特集号」のためだった。
作家の偉い先生だから、ビク、ビク、胸騒ぎがしたが、遠藤先生は快く応じてくれた。トマも「やるじゃん」といった感じです。
★対談の第一声は、遠藤先生の「よく、まあ、これだけお調べになって・・・『女の一生』二部は、この資料でなかったら、わからないですよ。本当に役立ちました」。その「資料集」(B4版上下二巻)を大事に持参されていた。
「コルベ神父さまは日本におられたし、僕は長崎に関心があって、『沈黙』以来、度々行っていますからね。いつか、小説に書けないものかなと思っていたわけですよ」
★対談を開く前に、遠藤先生を、かつてコルベ神父が長崎に上陸以来、大浦の仮・修道院だった場所を案内していた。ここでゼノ修道士や、ミロハナ神学生(当時)たちが1年間暮らしている。残念にも後日、火災となり、僅かに、壁と、暖炉が残っていた。
地面には雑草が生えている。遠藤先生が、雑草の中から、一輪の草花を見つけて、「コルベさんの花だよ」と言った。作家の視線に、大きな膨らみを感じた。
★トマの過去から、遠藤先生の思いは消えない。先生から、丁重な手紙も頂いた。外海の遠藤周作文学館で、語った恵みもある。先生への長崎案内で、空港に迎えた最初のイメージ、トマ修道士に向かって、スマートな体格の先生が、礼儀正しい恰好で「よろしく、お願いします」と深く礼をされたのには、ビックリした。それから遠藤ファンとなる。
★遠藤周作著『女の一生・第二部』より「コルベ神父は眼をつぶった。眼をつぶると、まぶたにナガサキの風景がうかぶ。雨あがりの大浦の坂路。虹が水溜まりにうつっている。大浦の坂から見おろせる湾。たくさんの船。日本人たちの歩く下駄の音。あれが日本に行った頃、まことにふしぎに思えた。(私がこんなところ『注・餓死室』にいると・・・ナガサキの日本人たちは知っているだろうか)

2020年12月14日月曜日

ホームで暮らして、22年。安らかに旅立った。97歳。あこがれる最後

早朝、ホームで、長い人生を終えた。
75歳で、入居して、22年間、ホームで生活した。テレジアさん、97歳。
午後2時30分から、ホームの信徒たちによって、ロザリオが唱えられ、つづいてお通夜の祈りが捧げられた。
逝かれたテレジアさんには、トマ修道士も思い出がある。トマが入居して6年だから、テレジアさんは91歳の頃だろう。聖書に熱心で、ある会に入り、毎日、読む場所が指定され、それに真剣に取り組んだ。
トマの部屋に来て、聖書を読む喜びを伝えていた。1年で、聖書を読む場所を完了し、それを3年もつづけていた。
テレジアさんの希望で、ホームの墓地に埋葬されるのを選んだ、と聞いた。
22年のホームの生活。テレジアさんを知らない職員も、入居者も、居ない。全員が知っている。ホームのお通夜で、皆さんは熱心な祈りと、別れを告げた。
明日は、午後からお葬式がある。
トマにとっても、別れは、身内のように辛く思えた。
★つい最近まで、職員さんから車椅子を押されて、食事に行くのを見ていた。「元気だな」と思っていた。急に、訃報を聞いて、悲しみに胸がしめつけられる。97歳。安らかな、神への旅立ちだった。あこがれるような最後だった。

2020年12月13日日曜日

男性職員さんの楽しみは、サカナ釣り。天干しの風景。心通わせ良い施設

ホームの庭に、赤い屋根の小さな「あずまや」がある。ホームでは「ガラスの部屋」と呼んでいる。ずっと以前に、故・初田園長神父さんの時代に建てた。
中には、イロリがあり、煮炊きが出来る設備もある。入居者の憩いの場に使っていた。今は、男子の職員さんが時々集まる。建物に、初冬の陽が当たっている。吊るされた四角いモノ。わかりますか。あれは、サカナを干しているのです。3人の男子職員さんと、濱田神父さんが、サカナ釣りに出た。
★島原と熊本の中間の海で、漁船を雇っての、サカナ釣り。大・小のタイ、アラカブが、5時間ほどで、5,60匹釣れた。広い海で、サカナ釣り。連想するだけで、楽しくなる。漁船の船頭さんは、本職だが、濱田神父さんは、本職並みの釣りの腕前を持っている。
★ホームに男子職員さんは、10人居る。誘われて、釣りに出るのは、半数だけ。後は、酒には酔わないが、船には酔う。釣った魚は、配ったり、それぞれの家庭に持ち帰る。残りを、天干しにして、忘年会か、新年会かで、賑わうのを男子の職員たちは楽しみにしている。
★自室の、パソコン横のガラス戸から、ホームの庭に、こんな家庭的な風景を眺めると、心が、なごむ。
★子供の頃、「さくら干し」といって、ウマイ魚干しがあった。手のヒラの半分ほどの大きさで、黒ずんでいた。10匹ほど連なっていた。ゴマが振り掛けられている。時々思い出す懐かしい味だ。どうして、今は無いのだろう。
★ホームの男子職員も、女性の職員さんも、お世話になっている私たちも、お互いが心を通わせて、「有り難う」「お疲れさま」「大丈夫よ」「がんばってね」など、声を掛け合って、ウマク回って行く、それが、いいホームだと思う。よいホームで暮らしたい。

2020年12月12日土曜日

贈り物の「ねぶた」ジュース。『はなちゃん』にも。思いがけない物語

クリスマスのカードが届いた。東京の、知らない夫妻からだった。手紙が入っていた。「別便で、父のふるさとの青森から、ジュースが届くと思います」。その届いた「ジュース」が、これです。長崎では、見たこともない「ねぶたジュース」なので、トマは喜んだ。
手紙には、こう記されていた。「2年前から、トマさんを知った。それ以来、隠れ追っかけをしており、ご本も全部、読みました。テレビも2回見て、11月には、2人で長崎・聖コルベ記念館を訪れ、ルルドでも、祈りました。テレビで見た、トマさんが座ったであろう座にすわり、お祈りしました。私たちは、クリスマス・イブに、洗礼を受けます。トマさんの本名の『幸一』というお名前が、好きです。『一ばん幸せ』。沢山の人を幸せに、喜びにしてくださる。トマさんに感謝です。いつかお会いしたいです。お身体が守られますように」。そしてカードの裏に、「ジュースが届いたら、『はなちゃん』に、ぜひ、飲ませてあげてください」と記されていた。
★『はなちゃん』のお母さんの絵里さん。ホームの介護や、ヘルパーの出張介護で忙しい。
「用があるから、来て」と自室に呼んだ。ジュースの箱を見ると、突然、「わあー」と叫びをあげる。「これ、はなが、大好きなのよ」と、まず一声。「ダンナの実家(同じ町内にある)に行くと、両親が、どこから、貰うのか、買うのか、これが、あるのよ。この『ねぶた』のジュースが、大好きで、『はな』は、2歳から飲んでいるのよ。うれしいな。『はな』、よろこぶわ」と、絵里さん大満足でした。
10本、受け取った。もと、もと、はなちゃんは、リンゴが好きな女の子です。いま4歳10ケ月になる。
絵里さんの話だと、この『ねぶた』のジュースは100%の濃厚リンゴだそうです。
絵里さんの生まれは函館。小学生のとき、連れられて、青森のねぶた祭りに参加した思い出もある。「ラッセーラ、ラッセーラ」の踊りの、ふしぎな言葉を教えてくれた。
★「ねぶた・ジュース」を送ってくれた東京のご夫妻さん、先ずは、イブに洗礼、おめでとう。あなた方の願いは、通じました。長崎へも行って、ルルドで祈ってくれて、トマも思い出して、本当に嬉しいです。信仰の恵みを戴いたら、真実の愛、奉仕、清さ、感謝に生きて下さい。
★ご夫妻に会った事はないけれど、何か、ふしぎな「つながり」を感じます。ホームに居て、寂しいけれど、ご夫妻のような「隠れた、追いかけ」さんが居られるのは、トマにとって、心強い恵みです。
★長崎では、珍しい「ねぶた・ストレート果汁」。ありがとう。金の缶もあれば、銀の缶も、あった。『はな』も喜ぶ。

2020年12月11日金曜日

自分の死を思い、死者のために祈る。修道士の身分を忘れるな。愛と清さ

キリシタン子孫の男性から、聞いた。
「むかしのキリシタンたちは、寝る前に、次の祈りを唱えていたそうです。
『ゴザは、カン(棺桶のこと)。
 マクラは、クルス(十字架)。
 この身は、死人(死者)。
 着物は、フタにして(棺桶のふた)。
 アニマ(霊魂)は、天主様に捧げます、
 アーメン』
私も、昔ながらの信仰で生きています」
彼は、熱烈な目は、私を見詰めた。
★上は、祭壇の生け花と、下は、ミサでの祈りです。毎朝、修道服を着て、教会で、祈る。心が安らぎ、落ち着くひと時である。修道士であるのを忘れない。
★ある年の黙想会で、指導の司祭が、しみじみ語った言葉。思い出す。
「一人の、老いた神父が言った。
『死ぬのは、こわいよ。
 だが、それを、超えるんだーー信仰で。
 今、本当の、私に、なる』
その言葉を残して、彼は、逝った」
★『死んで、本当の、自分に、なる』。この言葉が、強烈に迫ってくる。確かに、そう言えるだろう。よくぞ、この歳まで生かされた。感謝しか、ない。トマよりも若くて、元気だった仲間の司祭・修道士たちが、早く逝った。神のはからいは、わからない。
★生かされている恵みを喜んで受け取ろう。日々、「祈り、愛、清さ」。キリシタンのように、苦難があっても、常に、死を思い、神の御元へ帰るのを念頭に、呼吸をつづけたい。