昨日の、ポーランドからの写真集を見ながら、思いました。写真に写っている修道士たちの姿、行列、生活に、自分の姿を重ね合わせました。すると、心の中に湧いてくる感情がありました。それは人間は、誰もが、弱いです。欠点もあれば、落ち度もある。しかし、ある時、強く、聖なるものへの憧れが、一瞬、閃くというか、湧いてくるというか、心に強く感じることがあった、ということです。それは人間に、兼ね備えているものでしょう。天使も居れば、悪魔もいるわけです。その戦いが、絶えざる修練です。聖なるものへのバクハツ、憧れは、尊いと思います。「その憧れが有ったことを大事にしようと、思います。自分が持っている宝です」。人間、誰もが、100パーセント悪いわけではないでしょう。必ず良い部分も備えています。聖なるものへの憧れは、真であり、善である、美である、御方への憧れでしょう。人間の営みは、落ちながらも、立ち上がり、また落ちて、立ち上がり、たゆまず聖に向かって進んでいきます。気づかせてもらって、ありがとう。自分はダメだと、失望しないようにしよう。聖なるものに感動した時期があった。それを覚えよう。希望は持ち続けたいものです。長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2013年12月8日日曜日
聖なるものへの感動。思い出を大切に。自戒のいましめ。
昨日の、ポーランドからの写真集を見ながら、思いました。写真に写っている修道士たちの姿、行列、生活に、自分の姿を重ね合わせました。すると、心の中に湧いてくる感情がありました。それは人間は、誰もが、弱いです。欠点もあれば、落ち度もある。しかし、ある時、強く、聖なるものへの憧れが、一瞬、閃くというか、湧いてくるというか、心に強く感じることがあった、ということです。それは人間に、兼ね備えているものでしょう。天使も居れば、悪魔もいるわけです。その戦いが、絶えざる修練です。聖なるものへのバクハツ、憧れは、尊いと思います。「その憧れが有ったことを大事にしようと、思います。自分が持っている宝です」。人間、誰もが、100パーセント悪いわけではないでしょう。必ず良い部分も備えています。聖なるものへの憧れは、真であり、善である、美である、御方への憧れでしょう。人間の営みは、落ちながらも、立ち上がり、また落ちて、立ち上がり、たゆまず聖に向かって進んでいきます。気づかせてもらって、ありがとう。自分はダメだと、失望しないようにしよう。聖なるものに感動した時期があった。それを覚えよう。希望は持ち続けたいものです。
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