神奈川県の学校から「今年も11月〇〇日に、長崎へ校外学習に行きます。例年通り、お話いただけませんか」とお願いの手紙があった。
★この学校は、特にご縁がある。聖コルベ館に居た時から話をして、もう30年になるだろう。生徒で来て話を聞いて、大学を出て、教師になり、今度は生徒を引率して来られた先生も、数人居られる。
★長い歴史があり、話したいのは山々だが、こちらにも老いになると、色々と事情がある。特に、90過ぎると、声が正常に出なくなった。
★声には、自信があった。無声映画の弁士も長年つとめたし、声は良かった。それが今では、シャ枯れ声になる。ガンでも有るのでないかと、長年、通院していた耳鼻咽喉科で、3度、4度と、間を置いて、カメラを入れて診察を受けたら、声帯が、素人にも分かるように、左側は太いが、右側が薄くなっている。医師は、老化現象で、細くなっているから、正常の声が出ない、という。
★この分だと、果たして、学校の学生たちに、正常の話が出来るだろうか。いま迷っている。半分は、どうかな。半分は、がんばろう。そんな気持ちの時、電話がかかった。
★長崎市の女性からだった。自分たちはホームの近くの小学校に、本の読み聞かせに行きました。すると校長先生から、小崎さんの話を聞きなさい、とおススメがあった。〇〇の日に、お話をしますよね、私たち3、4人も聞かせてください。
★どうして、その学校の〇〇日を知っているのか。私には分からない。聞きたいと言われて、当方は、とまどった。「え、え?そうなの?」。こちらは、いま揺れている最中です。声が出ないからダメが、半分。ガンバって、やってみよう、が半分。迷っているのに、数人の女性たちも聞きたいと言われれば、行しかないでしょう。
★でも、まだ日にちが有る。わからない。11月は、苦難のステント入れ替えの入院もある。学生さんたちには、各人に、言葉入りの「カード」を配ることにしている。もし話すとなれば、人数の枚数を準備しなければでしょう。
★先ほど、千草さんから電話があった。「揺れている」と語ると、「そりゃダメよ、話さないと。小崎さんの『語り部』は使命ですよ。神さまが、そのためにイノチを与えた。語りを止めたら、声も出なくなる。元気もなくなる。イノチの限り、ガンバってください」。背中を押されてしまった。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2019年10月28日月曜日
2019年10月27日日曜日
ホームの秋まつり。にぎやかな、楽しい一日。ドッコイショ
晴天の下、ホームで、「秋まつり」が行なわれた。
★ホームの入居者、職員はもちろん、この日は町内外にも広告され、聖フランシスコ園に招いて、町の女性たちの踊りや、お年寄りたち、友人たちの参加、少女たちの踊りもあって、楽しく、賑わいの日を過ごした。
★ホームの私たちにとって、日常の静寂を破る、こころ踊る日でした。誕生会も楽しいが、こんな日も、いいね。
★これまでは、夏に「納涼祭」を行なってきた。しかし暑さを避けて、令和元年から「秋まつり」に変えて、第1回の集まりとなった。それでも、太陽の日差しは暑く、芝生の上は、背中が焼けるほどだった。
★でも楽しい「まつり」です。日頃と違って、音楽の大音響が鳴りひびき、胸わくわくの楽しみがあった。右側のテントに料理が準備されて、各自が、各々好きな食事をえらんで食べて、水分補給でジュースを飲んだ。
★最後に「お楽しみの、くじ引き」がある。その番号は、チッシュの箱にマジックで大きく数字が書かれていた。車椅子の人たちは、食堂で、食べて、見物していた。
★トマと、瀧神父さんです。カレーや、焼きそば、おでん、枝豆、たこ焼き、柿、梨など、思い思いに取って食べた。楽しいですよ。やっぱり元気なのが、一番です。奥のテントにも食事の出店もあった。
★これだけの設営をする職員さん、調理師さんも、大変な作業です。テントを張ったり、ステージを作ったり、テーブル、椅子を並べたり、ご苦労さまでした。これも入居者たちのタメを思っての熱意です。ありがとう。
★出し物は、豪快な太鼓打ちから始まった。次いで少女たちの踊り、女性たちの踊り、など、外部のからの協力です。「ドッコイショ、ドッコイショ」の声。
★しかし中でも「からおけ」は会場外までも、大きくひびいた。町のお年寄りには、自身に満ちた声をふるわせる。
★瀧神父さんも進んで参加した。「瀧神父さまでーす」と紹介もある。ステージに上がった瀧神父さん。前置きの言葉を語った後、一曲、披露、熱唱して、喝さいをあびた。さんホームの皆さんは恥ずかしい。出たがらない。勇敢にも出演した瀧神父さんの人気は上昇した。
★最後は、全員で、「のんのこ踊り」と、「岳のシンタロウさん」の踊りで、〆た。聖フランシスコ園よ、栄えあれ。来年で、60周年を迎えます。歴史が、あるんだな。沢山の老人が暮らしてきた。多くの職員さんが見守ってきた。
★人と、人が、助け合って、社会の波にもまれながらも、ホームはつづいてきた。最近は、誰もが長生きになった。医療や、栄養食、介護のおかげであろう。楽しい一日をありがとう。
★ホームの入居者、職員はもちろん、この日は町内外にも広告され、聖フランシスコ園に招いて、町の女性たちの踊りや、お年寄りたち、友人たちの参加、少女たちの踊りもあって、楽しく、賑わいの日を過ごした。
★ホームの私たちにとって、日常の静寂を破る、こころ踊る日でした。誕生会も楽しいが、こんな日も、いいね。
★これまでは、夏に「納涼祭」を行なってきた。しかし暑さを避けて、令和元年から「秋まつり」に変えて、第1回の集まりとなった。それでも、太陽の日差しは暑く、芝生の上は、背中が焼けるほどだった。
★でも楽しい「まつり」です。日頃と違って、音楽の大音響が鳴りひびき、胸わくわくの楽しみがあった。右側のテントに料理が準備されて、各自が、各々好きな食事をえらんで食べて、水分補給でジュースを飲んだ。
★トマと、瀧神父さんです。カレーや、焼きそば、おでん、枝豆、たこ焼き、柿、梨など、思い思いに取って食べた。楽しいですよ。やっぱり元気なのが、一番です。奥のテントにも食事の出店もあった。
★出し物は、豪快な太鼓打ちから始まった。次いで少女たちの踊り、女性たちの踊り、など、外部のからの協力です。「ドッコイショ、ドッコイショ」の声。
★しかし中でも「からおけ」は会場外までも、大きくひびいた。町のお年寄りには、自身に満ちた声をふるわせる。
★瀧神父さんも進んで参加した。「瀧神父さまでーす」と紹介もある。ステージに上がった瀧神父さん。前置きの言葉を語った後、一曲、披露、熱唱して、喝さいをあびた。さんホームの皆さんは恥ずかしい。出たがらない。勇敢にも出演した瀧神父さんの人気は上昇した。
★最後は、全員で、「のんのこ踊り」と、「岳のシンタロウさん」の踊りで、〆た。聖フランシスコ園よ、栄えあれ。来年で、60周年を迎えます。歴史が、あるんだな。沢山の老人が暮らしてきた。多くの職員さんが見守ってきた。
★人と、人が、助け合って、社会の波にもまれながらも、ホームはつづいてきた。最近は、誰もが長生きになった。医療や、栄養食、介護のおかげであろう。楽しい一日をありがとう。
2019年10月26日土曜日
昨夜、管区長神父さんと喜びの会食。シスターのお世話でご馳走
竹内昭彦管区長神父さん(写真・左側)が、山の修道女院で、大勢のシスターたちに「黙想10日間の指導」をしておられた。最後の夜、シスターの温かい志(こころざし)で、同じ会の修道者たちが招かれた。
★湯江・ホームから、高原修道士さん、トマ、瀧神父さん。車で約10分。シスター近くの小長井修道院は、車で2,3分。山下神父さん、萩原神父さん、堀本修道士さん、以上、6人がヨバレた。「竹内管区長さん、お疲れさまです」。同じ修道者でにぎわった。
★料理は、シスターの手作り。刺身、握りずし、煮物、焼き肉、おはぎ、大きな「ふくれマンジュウ」などなど、楽しいひと時を過ごした。話題は、管区長さんから報告があった。コルベ神父さまと一緒に長崎へ来た「ミロハナ神父さん(故人)」は、戦後、このシスターたちの修道女会を創立して、「みさかえの園」という幾つもの障碍者の福祉施設を作った。ミロハナ神父さんの功績を讃えて、今月、ポーランド国政府から「勲章」をいただいた。その勲章を飾っているので、後で見て下さい。
★その後の話題は、先に、若くして逝った仲間たちの司祭や、修道士たちの思い出ばなしとなり、彼ら先陣たちの遺徳をしのび、笑いもあって、懐かしい思いがした。コルベ神父⇒ミロハナ神父⇒シスター修道女会と、つながるので、シスターたちが、家族的な気持ちで、よく面倒をみてくれる。ありがたく感謝した。
★ただ、トマが思ったのは、以前と違う自分を感じた。以前は、もっと愛想がよかったはずだ。自ら発言し、相手に感謝の言葉を述べ、積極性、明るさがあったのに、何やら「沈んでしまった自分」を感じた。元気がない。寡黙(かもく)になった。なぜ、なのか。要は歩くのも、よろ、よろ、する。身を支えるのが、懸命だ。余裕が無くなったのか。受け身ばかりの夜だった、と反省した。
★「以前のトマは、もっと賑やかで、話したり、支えたり、積極的だったのになァ。その気持ち、どこ、行った、もっと、ゲンキ出せ」
★湯江・ホームから、高原修道士さん、トマ、瀧神父さん。車で約10分。シスター近くの小長井修道院は、車で2,3分。山下神父さん、萩原神父さん、堀本修道士さん、以上、6人がヨバレた。「竹内管区長さん、お疲れさまです」。同じ修道者でにぎわった。
★料理は、シスターの手作り。刺身、握りずし、煮物、焼き肉、おはぎ、大きな「ふくれマンジュウ」などなど、楽しいひと時を過ごした。話題は、管区長さんから報告があった。コルベ神父さまと一緒に長崎へ来た「ミロハナ神父さん(故人)」は、戦後、このシスターたちの修道女会を創立して、「みさかえの園」という幾つもの障碍者の福祉施設を作った。ミロハナ神父さんの功績を讃えて、今月、ポーランド国政府から「勲章」をいただいた。その勲章を飾っているので、後で見て下さい。
★その後の話題は、先に、若くして逝った仲間たちの司祭や、修道士たちの思い出ばなしとなり、彼ら先陣たちの遺徳をしのび、笑いもあって、懐かしい思いがした。コルベ神父⇒ミロハナ神父⇒シスター修道女会と、つながるので、シスターたちが、家族的な気持ちで、よく面倒をみてくれる。ありがたく感謝した。
★ただ、トマが思ったのは、以前と違う自分を感じた。以前は、もっと愛想がよかったはずだ。自ら発言し、相手に感謝の言葉を述べ、積極性、明るさがあったのに、何やら「沈んでしまった自分」を感じた。元気がない。寡黙(かもく)になった。なぜ、なのか。要は歩くのも、よろ、よろ、する。身を支えるのが、懸命だ。余裕が無くなったのか。受け身ばかりの夜だった、と反省した。
★「以前のトマは、もっと賑やかで、話したり、支えたり、積極的だったのになァ。その気持ち、どこ、行った、もっと、ゲンキ出せ」
2019年10月25日金曜日
1つの腎臓を大切に。塩分0.1%の梅干し。午後から記者の客
「腎機能を保つためには、減塩食にしてください」。そう言われている。左の腎臓だけの働きで、22歳から生きて来た。幸いに、腎機能は正常ではないが、何とか生活はつづけられる。日々、イノチの喜びを感じている。
★茨城の「まゆみ」さんから、「塩零梅」が送られてきた。今年になって、1月、4月、7月と届いている。ホームの調理場に、「梅干しが出る時には、減塩食の人には、これを出してください」と頼んで預けたのもある。時折、出ている。
★「紀州みなべの完熟・南高梅」で、食塩を使わずに、りんご酢と、はちみつで、丹念に漬け込んだ、おいしい、好物です。毎日、1個は食べる。「もう無くなったので、送ってください」と願った。「お母さんの為に、取っておいた梅を送ります」と、まゆみさん。温かい、こころざしが伝わった。
★きょうは、午後から男性の報道記者さんが来ると約束している。午後から時間がない。先日、来た女性の報道記者さんに、「何が、聞きたいのか」と問いかけると、「赦し」だという。女性・記者さんは1週間前にも来た。おおよその話を語った。また来る。2度目には、厳しい問いが出る。「仇なる者は、赦さない」。人間の本性だ。それを「赦す、赦してあげる」。平和の原点だと思うが、そう簡単に「赦せる、ことでも、ない」
★今の世の中、赦せない出来事で満ちている。イジメ、殺傷事件、交通事故、被害者の身になって心情を思うと、忍びない、赦せない、当然です。でも「赦しなさい」の声も聞こえる。コルベ神父の実話も出てくる。「なぜ、それが出来るのか」。分からない、としか言いようが、ない。現実は厳しいのです。それでも「赦しなさい」。許さなければ、平和は、ない。
★女性記者には、そんな事を語ったが、きょうの男性記者は、何を聞いてくるのだろうか。
★男性記者さんが来た。2時間半、語った。
★高原修道士さんが、夕食は「山の修道女院に招かれています」と、車で連れられた。いま、ホームに帰ったところです。日記が遅くなった。初めての事になった。
★茨城の「まゆみ」さんから、「塩零梅」が送られてきた。今年になって、1月、4月、7月と届いている。ホームの調理場に、「梅干しが出る時には、減塩食の人には、これを出してください」と頼んで預けたのもある。時折、出ている。
★「紀州みなべの完熟・南高梅」で、食塩を使わずに、りんご酢と、はちみつで、丹念に漬け込んだ、おいしい、好物です。毎日、1個は食べる。「もう無くなったので、送ってください」と願った。「お母さんの為に、取っておいた梅を送ります」と、まゆみさん。温かい、こころざしが伝わった。
★きょうは、午後から男性の報道記者さんが来ると約束している。午後から時間がない。先日、来た女性の報道記者さんに、「何が、聞きたいのか」と問いかけると、「赦し」だという。女性・記者さんは1週間前にも来た。おおよその話を語った。また来る。2度目には、厳しい問いが出る。「仇なる者は、赦さない」。人間の本性だ。それを「赦す、赦してあげる」。平和の原点だと思うが、そう簡単に「赦せる、ことでも、ない」
★今の世の中、赦せない出来事で満ちている。イジメ、殺傷事件、交通事故、被害者の身になって心情を思うと、忍びない、赦せない、当然です。でも「赦しなさい」の声も聞こえる。コルベ神父の実話も出てくる。「なぜ、それが出来るのか」。分からない、としか言いようが、ない。現実は厳しいのです。それでも「赦しなさい」。許さなければ、平和は、ない。
★女性記者には、そんな事を語ったが、きょうの男性記者は、何を聞いてくるのだろうか。
★男性記者さんが来た。2時間半、語った。
★高原修道士さんが、夕食は「山の修道女院に招かれています」と、車で連れられた。いま、ホームに帰ったところです。日記が遅くなった。初めての事になった。
2019年10月24日木曜日
今日が、ホーム人生学校、入居の日。5年生卒業。6年生になる
きのう、午後から女性の報道記者さんが話を聞きに来た。2時間半、語り尽くす。「写真を撮らせて下さい」「そうね、修道服を着た方が、いいね。場所は、どこが、いい?」「教会で、撮れますか?」「いいよ、では行こう」。記者さん、カシャ、カシャと、何枚も撮った。
★修道服で撮った写真は最近、無いので、ついでにデジカメで数枚、撮ってもらった。それが、これです。
★ある考えが、私には、あった。実は、きょう、10月24日は、私がホームに入居した日なんです。ホーム人生学校に入居の日。きょう、5年生卒業です。6年生になります。何年生まで生かされるか、イノチは神さまのことです。ホームの老人学校で、沢山の事を学び、沢山の恵みを受け、心に残る出会いもあった。この湯江教会は、神さまとの出会いの道場です。毎朝、祈り、ミサで聖体を拝領し、生きるチカラを頂きました。お世話になった。そのアタマがあるから、この写真を撮った、意味もありました。
★入居した日のノートを開いてみた。次の文が書かれている。
★いよいよホームに入ります。皆んなと一緒の夕食に間に合った。これから「自分の生活」が始まる。86歳と言っても「何、言っているの」で、おしまい。90代から100歳まで、多くの人が居られるから。先ず「あいさつから、始めよう」
★夕食が終わるのは、5時半ごろになった。各々、自由に、自室へ戻っていく。その間を縫うように、若い女性職員さんが声かけた。「おやすみーなさァい」「早(はや)、参った、な」
★入居したからには、ここは誰のタメでもない。自分のため、自分1人のために生きていく。とは言え、ホームとは、のんびり暮らす場所ではない。車椅子や、押し車、杖をついて、みな、精いっぱい生きているサマを見た。それは、これからの自分の生き方でもある。「おやすみーなさァい」
★長ーい時間を、どうするのだ。皆、あなたのもの。何を成すか、何を見つけるか、これからの課題となる。
★いま、5年を振り返って、ホームに居ても、さまざまな事があったよ。ホームは老いの人生学校だ。6年生になる。あしたは、また、男性の報道の記者さんが午後から来るという。出番は、まだ、まだ、ありますな。
★修道服で撮った写真は最近、無いので、ついでにデジカメで数枚、撮ってもらった。それが、これです。
★ある考えが、私には、あった。実は、きょう、10月24日は、私がホームに入居した日なんです。ホーム人生学校に入居の日。きょう、5年生卒業です。6年生になります。何年生まで生かされるか、イノチは神さまのことです。ホームの老人学校で、沢山の事を学び、沢山の恵みを受け、心に残る出会いもあった。この湯江教会は、神さまとの出会いの道場です。毎朝、祈り、ミサで聖体を拝領し、生きるチカラを頂きました。お世話になった。そのアタマがあるから、この写真を撮った、意味もありました。
★入居した日のノートを開いてみた。次の文が書かれている。
★いよいよホームに入ります。皆んなと一緒の夕食に間に合った。これから「自分の生活」が始まる。86歳と言っても「何、言っているの」で、おしまい。90代から100歳まで、多くの人が居られるから。先ず「あいさつから、始めよう」
★夕食が終わるのは、5時半ごろになった。各々、自由に、自室へ戻っていく。その間を縫うように、若い女性職員さんが声かけた。「おやすみーなさァい」「早(はや)、参った、な」
★入居したからには、ここは誰のタメでもない。自分のため、自分1人のために生きていく。とは言え、ホームとは、のんびり暮らす場所ではない。車椅子や、押し車、杖をついて、みな、精いっぱい生きているサマを見た。それは、これからの自分の生き方でもある。「おやすみーなさァい」
★長ーい時間を、どうするのだ。皆、あなたのもの。何を成すか、何を見つけるか、これからの課題となる。
★いま、5年を振り返って、ホームに居ても、さまざまな事があったよ。ホームは老いの人生学校だ。6年生になる。あしたは、また、男性の報道の記者さんが午後から来るという。出番は、まだ、まだ、ありますな。
2019年10月23日水曜日
きのうは「教皇ヨハネ・パウロ二世」の日。待ち焦がれたパパさま
きのうは教会では「教皇ヨハネ・パウロ二世(任意)」の日でした。教皇さまといえば、この写真が一番の思い出なので、載せました。ヴァチカンでの写真です。
★今月になって、複数の報道記者から電話が入ってくる。来月、現・教皇さまが長崎に来られるかららしい。教皇さまは被爆地にも立たれる。何をスピーチされるのか。
★「小崎さんも被爆者じゃないですか」「それは、そうだが、なぜ小崎に?」「ネットで調べて、名前を見つけました」「いまのパパさまは、著書は読んだが、お会いしたこともないし、知りませんよ。まえのパパさまなら知っている」「その事も合わせて、小崎さんの事も知りたい」「え、そんな。ここのホームは、遠い場所にあるよ」「それでも大丈夫です」。きょうも午後から、記者が来る予定になっている。若い記者さんにとって、キリスト教や、キリシタン、殉教、信仰復活など、すべてが勉強でしょう。
★潜伏キリシタンたちは、子から孫へ、250年間、言い伝えた。「やがて、ローマから、パッパの船が、やってくる」。希望を持って信仰を守った。それが実際に、船じゃなくて、パパさまご自身が来られたじゃないですか。感謝、感激ですよ。
★しかも、教皇さまは、確かな日本語で語られた。「戦争は、人間の仕業です」。ミサも日本語で祈られた。パパさまに日本語を教えたのは、いまホームで暮らしている西山達也神父さんです。日本語で聞いた我々の心は、大きな感動と喜びで満たされた。伝承は実現した。その教皇さまが現実に来られたのが、1981年。58歳で教皇の座につかれて、3年目で、まだお若くあられた。聖母の騎士で歓迎したが、当時の事をよく覚えている。報道記者たちは、その時の話も聞きたいという。そう言えば、40年近い歳月が経っている。記憶は時代な流れと共に消えて行く。やっぱり勉強しなければ、分からない。
★湯江教会では、毎朝、ミサ後に、現・教皇さま(ご高齢になられる)のために祈っている。戦争がない世界、核兵器廃絶を強く望まれるという教皇さまの来日が、世界への確実な平和をもたらしますように願っている。
★今月になって、複数の報道記者から電話が入ってくる。来月、現・教皇さまが長崎に来られるかららしい。教皇さまは被爆地にも立たれる。何をスピーチされるのか。
★「小崎さんも被爆者じゃないですか」「それは、そうだが、なぜ小崎に?」「ネットで調べて、名前を見つけました」「いまのパパさまは、著書は読んだが、お会いしたこともないし、知りませんよ。まえのパパさまなら知っている」「その事も合わせて、小崎さんの事も知りたい」「え、そんな。ここのホームは、遠い場所にあるよ」「それでも大丈夫です」。きょうも午後から、記者が来る予定になっている。若い記者さんにとって、キリスト教や、キリシタン、殉教、信仰復活など、すべてが勉強でしょう。
★潜伏キリシタンたちは、子から孫へ、250年間、言い伝えた。「やがて、ローマから、パッパの船が、やってくる」。希望を持って信仰を守った。それが実際に、船じゃなくて、パパさまご自身が来られたじゃないですか。感謝、感激ですよ。
★しかも、教皇さまは、確かな日本語で語られた。「戦争は、人間の仕業です」。ミサも日本語で祈られた。パパさまに日本語を教えたのは、いまホームで暮らしている西山達也神父さんです。日本語で聞いた我々の心は、大きな感動と喜びで満たされた。伝承は実現した。その教皇さまが現実に来られたのが、1981年。58歳で教皇の座につかれて、3年目で、まだお若くあられた。聖母の騎士で歓迎したが、当時の事をよく覚えている。報道記者たちは、その時の話も聞きたいという。そう言えば、40年近い歳月が経っている。記憶は時代な流れと共に消えて行く。やっぱり勉強しなければ、分からない。
★湯江教会では、毎朝、ミサ後に、現・教皇さま(ご高齢になられる)のために祈っている。戦争がない世界、核兵器廃絶を強く望まれるという教皇さまの来日が、世界への確実な平和をもたらしますように願っている。
2019年10月22日火曜日
親交がある哲さん、美樹さんが来る。山へ墓参りに。花咲く農村
きょうは休日。「天皇陛下・即位の礼」。長崎市から野々村哲さん、塩沢美樹さんが、自室を訪ねた。「ひさしぶり。写真展ではお世話になったね」
★写真展まで漕ぎつけたのは、2人の活躍だった。状況を2人は「フェースブック」で流していた。東京のポーランド大使館広報部が目にとめて、2人に「メール」が入った。11月の末に、ポーランド大使館広報部主催の「ポーランドの日」がある。その日に、写真展の一部を展示してはいかがですか、と問い合わせがあった。いま準備しています。2人は、その日に参加したいと言う。「それなら、ポーランド語で描いた『焼けたロザリオ』がある。これも資料として展示してください」と頼んだ。ポーランド人の誰かの目に留まるでしょう。期待しながら示している2人です。
★2人が来た処で、思い出した。10月19日は、若い頃、病気であったトマを看護してくれたシスターの命日だった。「お墓、参りを、したい」と願った。「そのつもりで来ました、去年も、一昨年も、そう、でしたから」
★シスターのお墓のお花を変えて、美しく飾った。祈りをしながら墓碑を見ると、「40歳の若さ」で神に召されている。トマと同じ歳だったから、「51年だよ」。シスターは有能な看護師で、離島でも活躍し、小柄だが、度胸が座った、テキ、パキ、処置するシンの強い、そして誰に対しても深い愛情で接する女性だった。
★行き返りの農村の畑に、今年も、コスモスがイッパイに咲いていた。美樹さんも看護師を勤めている。「わかるでしょう。ヒトのイノチに、たずさわる。尊い仕事だよ。カラダの弱いニンゲンが、このように生かされているんだからね。恩は返せない。その人の命を背負って、生きるしかない」
★来年、この道を通れるか。このコスモスを見られるか。いま、十分に焼き付けておこう。そんな気持ちで、野々村さんが運転する赤い車に揺られていた。
★写真展まで漕ぎつけたのは、2人の活躍だった。状況を2人は「フェースブック」で流していた。東京のポーランド大使館広報部が目にとめて、2人に「メール」が入った。11月の末に、ポーランド大使館広報部主催の「ポーランドの日」がある。その日に、写真展の一部を展示してはいかがですか、と問い合わせがあった。いま準備しています。2人は、その日に参加したいと言う。「それなら、ポーランド語で描いた『焼けたロザリオ』がある。これも資料として展示してください」と頼んだ。ポーランド人の誰かの目に留まるでしょう。期待しながら示している2人です。
★2人が来た処で、思い出した。10月19日は、若い頃、病気であったトマを看護してくれたシスターの命日だった。「お墓、参りを、したい」と願った。「そのつもりで来ました、去年も、一昨年も、そう、でしたから」
★シスターのお墓のお花を変えて、美しく飾った。祈りをしながら墓碑を見ると、「40歳の若さ」で神に召されている。トマと同じ歳だったから、「51年だよ」。シスターは有能な看護師で、離島でも活躍し、小柄だが、度胸が座った、テキ、パキ、処置するシンの強い、そして誰に対しても深い愛情で接する女性だった。
★行き返りの農村の畑に、今年も、コスモスがイッパイに咲いていた。美樹さんも看護師を勤めている。「わかるでしょう。ヒトのイノチに、たずさわる。尊い仕事だよ。カラダの弱いニンゲンが、このように生かされているんだからね。恩は返せない。その人の命を背負って、生きるしかない」
★来年、この道を通れるか。このコスモスを見られるか。いま、十分に焼き付けておこう。そんな気持ちで、野々村さんが運転する赤い車に揺られていた。
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