さあ、月の初めの土曜日がやってきた。誕生会だよ。今月は、7人がお祝いした。昼ご飯のときに、ホームの全員が食堂に集まる。歳を重ねることは嬉しい。長生きできるのも、幸せだよ。まだ大正生まれが、ご健在。負けては、おられんからね。職員さんの「出し物」も出るし、ご馳走も出るからね。誕生会は、楽しみだよ。
★「出し物」は、何だね?「サラ踊りだよ」「ハッピ、着て、踊る、あれか?」「いや、いや、ハッピじゃ、ない」。思い思いのカッコウで、チャカ、チャカ、サラを鳴らして、踊るのさ。この辺の、誰もが踊る伝統さ。
★とにかく、騒がしく、湧かせて、盛り上げて、ゲンキになれば、それで、いい。ホームには、歴代、受け継いだ「衣装」が沢山あるからね。好みで、選んで、身につけて、恥ずかしいときには、お面を付けて、みんなの中で、さあ、踊るぞ。踊り手にも、気合いが入っている。
★踊りが終わって、食事となる。クリが入ったお赤飯だ。刺身は必ず出る。肉料理に、野菜、天ぷら、どら焼きもある。
★「どう、似合う?」「ノボすんな、よ」「ヨカタイ、たまには」「なんの、マネか」「おサルさん、たい」。ボクの誕生日は、もう終わった。来年まで、「待て」だよ。
★むかしは、老人は尊敬された。経験があり、知識があるからね。いまは、知識や情報は、すべてスマホで満ち足りている。老人は「ボケに、なるな」と説教される。それには負けておれんのが、老人さ。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2019年9月7日土曜日
2019年9月6日金曜日
ホームの広い庭。散歩したが、老いが重なり、今は歩けない
自室のベランダから見下ろす庭です。3、4年前までは、運動会もあったし、盆踊り、聖母マリア祭も行なわれていた。トマが入居した頃は、庭を3周、5周と散歩する女性群もいた。トマも心して、毎日、何周か歩いた。あの頃は、2千5百歩前後、歩いていた。しかし今は、もう歩かない。運動会も、盆踊りも、マリア祭も、散歩する人も全くない。それだけホームの人たちには老いが進んでいる。
★5年前、入居当時のノートを開いてみる。ホームに入って、一番の悩みは、抜けガラのように、虚脱状態に落ち込んだことだった。時間は十分にある。何をしていいのか分からない。仕事がない。する事がない。字も思うように書けない。「詩篇」を写詩したが続かない。あれほど苦しい生活はなかった。生き甲斐がない。笑えない。ひとりポッチの夜、だよ。夜も寝られない。つまり人生の底辺を生きていた。
★老いの生活は、こんな苦労があるのか。広い、美しい庭の風景は、私の視野から遠のいた。いまは、そうではない。5年の歳月が「慣れ」をもたらしたのか。泥沼だった足元から、どのように這い上がったのか。いま、首をかしげて思う。救いは、どこに、あったのか。突破口は、何だったのか。
★それは、ブログ「パソコン日記」だったのではないか。毎日、日記を書くことで、自分自身の周囲に、ご縁ができて、それが花開いて、生き甲斐や、希望に変わって行った。それは確かです。ホームに孤独で居ても、日記によって出番があった。助ける人にも、出会ったのは事実です。
★日記に書きたいのは「生活」もあります。しかし日々の出来事は、朝起きて、夜寝るまで、さしたる変化はない。日記に、辛子のように、チョット、チョット、振り掛けたいのは「人生」なんです。なぜ生かされているのか。苦しむのか。生きる価値はあるのか。なぜ悪があるのか。ネタミがあるのか。この「なぜ?」が、書く意味があると思います。
★でも、最近は、切れ味のいい言葉が浮かばない。老いの重みに「なぜ?」が押しつぶされているのでしょうか。人は、1人で生きているのではない。日記を書くことによって、それが分かったのです。若い頃から「書くこと」が好きだった。その好きが、わが身を救った。わが心を支えた。希望の日々に変えてくれた。そして90歳代に突入した。
★パソコン、書きながら、眼下の、広い庭を見ております。呼吸しております。
★5年前、入居当時のノートを開いてみる。ホームに入って、一番の悩みは、抜けガラのように、虚脱状態に落ち込んだことだった。時間は十分にある。何をしていいのか分からない。仕事がない。する事がない。字も思うように書けない。「詩篇」を写詩したが続かない。あれほど苦しい生活はなかった。生き甲斐がない。笑えない。ひとりポッチの夜、だよ。夜も寝られない。つまり人生の底辺を生きていた。
★老いの生活は、こんな苦労があるのか。広い、美しい庭の風景は、私の視野から遠のいた。いまは、そうではない。5年の歳月が「慣れ」をもたらしたのか。泥沼だった足元から、どのように這い上がったのか。いま、首をかしげて思う。救いは、どこに、あったのか。突破口は、何だったのか。
★それは、ブログ「パソコン日記」だったのではないか。毎日、日記を書くことで、自分自身の周囲に、ご縁ができて、それが花開いて、生き甲斐や、希望に変わって行った。それは確かです。ホームに孤独で居ても、日記によって出番があった。助ける人にも、出会ったのは事実です。
★日記に書きたいのは「生活」もあります。しかし日々の出来事は、朝起きて、夜寝るまで、さしたる変化はない。日記に、辛子のように、チョット、チョット、振り掛けたいのは「人生」なんです。なぜ生かされているのか。苦しむのか。生きる価値はあるのか。なぜ悪があるのか。ネタミがあるのか。この「なぜ?」が、書く意味があると思います。
★でも、最近は、切れ味のいい言葉が浮かばない。老いの重みに「なぜ?」が押しつぶされているのでしょうか。人は、1人で生きているのではない。日記を書くことによって、それが分かったのです。若い頃から「書くこと」が好きだった。その好きが、わが身を救った。わが心を支えた。希望の日々に変えてくれた。そして90歳代に突入した。
★パソコン、書きながら、眼下の、広い庭を見ております。呼吸しております。
2019年9月5日木曜日
蝶か、蛾か。蛾も尊い命。貧しい人も人間の尊厳を守る愛
廊下を歩いていると、「ああ、ムシだ。いや、チョウか、蛾か?」。ガラス戸にへばいている。蝶は、きれいだが、蛾は、一歩ひくね。誰でも、そうだろうよ。蝶は、「花よ、蝶よ」と喜ばれ、もてはやされ、蛾は、きらわれる。
★今朝、教会で、今日は、マザー・テレサの記念日だと知った。マザー・テレサを知らない人は居ないだろう。マザーは聖母の騎士にも来られた。聖コルべ館の特別サイン帖には、マザー・テレサの筆跡も残っている。★教会の本に「ある貧困者が、自分は動物のように生きて来たが、マザーの愛のよって天使になって死ぬ」という意味の言葉があった。マザー・テレサは、蝶だけでなく、蛾のように生きている人にこそ寄り添い、人間としての愛を最大に示したのだろう。
★「主よ、あなたの平和をもたらす道具としてお使い下さい」。小さな存在、ほとんど無に等しい、無関心の人びとへ、1人、1人の意識が変われば、必ず平和につながる。マザー・テレサは、聖フランシスコの祈りから、憎しみのあつところに愛を、愛されていない人に愛を与えたい。宗教を超えて、助けた。
★愛を与えるには、犠牲が要る。なぜ世界に貧しい人が居るのか。愛を伝えるために、組織的にもっと広く、と勧められたが、テレサは、1人の人間として、1人ひとりの個人に、個々の人、1人ひとりに触れ合いたい。その1人、1人に出会うことが大切だ、と実行されていた。マザー・テレサの偉大な愛。私なんか、語る資格が有るだろうか。あまりに小さな私を感じるが、1人、1人の尊厳を守ることが平和につながる。
★貧しい人とは誰か。それは私では、ないのか。マザー・テレサの言葉。「助けた人を数えない。1人、また1人に、触れ合う」。ホームに生活する私に、何が出来るか。何が可能か。蛾は、やっぱり、きらいだ。好きになれない。それがニンゲンの現実だ。主の声がする。「病める時、わたしを見舞ってくれた」
2019年9月4日水曜日
クチに、フタを。手に、ロザリオを。神さまの導き信じて生きる
ホームの玄関の前に、改築工事の作業所が1つ残っていた。食堂の前にも当たり、「はやく、のけると、いいな」と思っていた。トマの自室からは、玄関前が一望できる。
★大型のトラックがやって来た。クレーンが付いている。部屋から見ていると、見事に作業所を持ち上げて、慎重にトラックに乗せた。「おお、やるじゃ、ないか」
★ホームは小高い丘になっており、静かで、星空も美しい。空気だって、清らかな感じがする。暮らすのは、お爺さん、お婆さん、ばかりです。「イジワル爺さん」「ヨクバリ婆さん」よく物語に出てくるじゃないですか。「いいえ、いいえ、おりませぬ。みな、善男、善女ばかりで、ございます」
★「イジワル」したら「大統領」と陰口でいわれるかも。「いいえ、いいえ、大統領は、おりませぬ」。良いホームとは、人と、人との、いい関係にあります。
★ごらんなさい。大型トラックが、目障りになっていた作業所を運び去った。すっきり、なったでしょ。左の方には、白いマリアさまのご像も見やすくなった気持ちです。自室からの眺めもよくなった。トマの部屋には、お客さんも、時々、見える。「よか、ところ、すんで、いるな」。みな、感心して、そう言いますよ。ここで暮らして、感謝しながら歳老いて、いい爺さまになって、神さまの駅まで直行すれば、ほんに、ほんに、こんな、よか終末は、なかでしょう。そのためには、クチには、フタを、手には、ロザリオを、神さまの導きを信じて、日々、感謝して、生きることですな。
2019年9月3日火曜日
鳥取のナシは二十世紀。ありがとう。「沖真を保つ」。何と読むか
きれいな「なし」が届いた。「鳥取県特産・二十世紀梨」とチラシが入っていた。鳥取の「みどり」さんが贈ってくれたナシです。二段構えになっている。21世紀なのに、二十世紀は守っている。「皮が薄いので、そのままお召しあがりできます」とチラシに書いてあった。
★鳥取には、夏の休みに時々行った。「みどり」さん夫妻のお世話になった。地元の人たちとの交流もあった。なつかしい。鳥取の砂丘は名所である。ラクダが居て、みどりさんと、ラクダにも乗った。楽(らく)かと思えば、結構、揺れるんですね。もう、いまは行けない。ザンネンだよ。届いたナシは、2つ貰って、いや、3つにしよう、3つを取って、後はホームにお任せした。毎年、送って下さるので、ありがたい。ご縁をつないで、ありがとう。
★きょうは「書道教室」。先生から「この字を書きなさい」と言われた。「くずし字」で、むずかしいな。保、沖(字が違う=パソコンで、字の探し方を知らない=IMEパットが出ない)、真、「沖真を保つ」と読む。意味は「虚心無心にして自然を保つ」。自然環境を大事にする。その意味は分かります。「心を、虚にして、更に、無にする」これは難儀です。輪郭は、少し、わかったようで、わからんようで、それでも書きました。間もなく「敬老の日」が来るでしょう。ホームの日ですよ。88歳、99歳はお祝いされる。市のお客さんも来るので、壁に「書道」を飾るそうです。「先生、これで、いいでしょうか」
★鳥取には、夏の休みに時々行った。「みどり」さん夫妻のお世話になった。地元の人たちとの交流もあった。なつかしい。鳥取の砂丘は名所である。ラクダが居て、みどりさんと、ラクダにも乗った。楽(らく)かと思えば、結構、揺れるんですね。もう、いまは行けない。ザンネンだよ。届いたナシは、2つ貰って、いや、3つにしよう、3つを取って、後はホームにお任せした。毎年、送って下さるので、ありがたい。ご縁をつないで、ありがとう。
★きょうは「書道教室」。先生から「この字を書きなさい」と言われた。「くずし字」で、むずかしいな。保、沖(字が違う=パソコンで、字の探し方を知らない=IMEパットが出ない)、真、「沖真を保つ」と読む。意味は「虚心無心にして自然を保つ」。自然環境を大事にする。その意味は分かります。「心を、虚にして、更に、無にする」これは難儀です。輪郭は、少し、わかったようで、わからんようで、それでも書きました。間もなく「敬老の日」が来るでしょう。ホームの日ですよ。88歳、99歳はお祝いされる。市のお客さんも来るので、壁に「書道」を飾るそうです。「先生、これで、いいでしょうか」
2019年9月2日月曜日
「写真展」。果たして見に来る人が居るか。不安は喜びに変わった
「写真展」も、最後の週に突入しました。トマとしては、不安がありました。修道士の、シロウトの、ポーランド修道士さん達を写した「写真展」を、見に来てくれる人が居るだろうか。2人か、3人か、そんな日々か。それでも展示されるのは、ありがたい。取りあげて下さるのが、感謝です。素直に、期待しました。
★予想に反して、多くの人が見に来られました。「ああ、この日本人の神父さん、知っている」「ゼノさん、見たこと、ある」。市内はもちろん、五島からも、佐賀、福岡からも、花澤さんは東京からだった。トマは思いましたよ。80年、90年、聖母の騎士には長い歴史がある。「聖母の騎士」誌も発行している。一般の人にも、知られている。ゼノさんの修道服姿を見た人も居るだろう。福祉に尽くす行為に感動したこともあろう。写真を見ているうちに、アタマの隅から、よみがえってくるものがあったんですね。だから入館者にも伝わった。トマにも納得ができました。
★昨夜、塩沢美樹さんから電話があった。日曜日なので、写真展に伺った。「館員さんは、好調ですよ、と喜ばれている。読売新聞にも載りました。コピーを送ります。入館者の数を教えてもらった」。2人、3人じゃ、なかったよ。入場者数は、下の通りです。合計、381名。トマは皆さんのご厚意に感謝して、安らかな気持ちでおります。
★予想に反して、多くの人が見に来られました。「ああ、この日本人の神父さん、知っている」「ゼノさん、見たこと、ある」。市内はもちろん、五島からも、佐賀、福岡からも、花澤さんは東京からだった。トマは思いましたよ。80年、90年、聖母の騎士には長い歴史がある。「聖母の騎士」誌も発行している。一般の人にも、知られている。ゼノさんの修道服姿を見た人も居るだろう。福祉に尽くす行為に感動したこともあろう。写真を見ているうちに、アタマの隅から、よみがえってくるものがあったんですね。だから入館者にも伝わった。トマにも納得ができました。
★昨夜、塩沢美樹さんから電話があった。日曜日なので、写真展に伺った。「館員さんは、好調ですよ、と喜ばれている。読売新聞にも載りました。コピーを送ります。入館者の数を教えてもらった」。2人、3人じゃ、なかったよ。入場者数は、下の通りです。合計、381名。トマは皆さんのご厚意に感謝して、安らかな気持ちでおります。
2019年9月1日日曜日
ホームでは、よく「ふるさと」を歌う。私の「ふるさと」は?
ホームでは、よく「ふるさと」の歌を口ずさむ。「ふるさと」は、なつかしい。育った風景。幼い頃の行動は、無心だ。忘れない。わたしの「ふるさと」は、どこ?
★北朝鮮の、最北端。日本海側の町で、生まれて、13歳まで過ごした。山も、あり、川も、あり、スズラン畑もあった。ここが「ふるさと」と言えるのか。フクザツな気持ち、だよ。「今、報道で知る状態」と、「育った頃」の思い出を結びつけると、悲しいよ。でも、山も、川も、海も、忘れない。
★日本人が住む町の道路がリッパで、現地の人たちが住む町は、暗く、道路もデコ、ボコだった。現実に、そう、だった。なぜ、そんな差があるのか、矛盾があるのか、小学校の先生は、教えてくれなかった。真実は、どこかに隠されている。事実は、隠れた所で進行する。全貌を把握するのは、難しい。
★私たち子供の楽しみは、学校が終わって、町に、白い服を着た現地の老人を待つことだった。老人は、白いヒゲを生やして、愛想よく、大きな木箱を背負って、現れる「飴屋」だった。子供たちが鉄の破片を集めて、老人に渡すと、木箱を置いた。木箱は何段にも重なっていた。そこには白い飴(あめ)が、隅々まで広がっていた。子供たちの目は、輝いて見詰めた。ツバを呑みこんだ。鉄の破片の量に従って、カンナの刃のようなものを使って、木の槌(つち)で叩いて、アメを割ってくれた。これが、本当においしかった。
★なぜか、きょうは、そんな子供の頃、「ふるさと」を思い出した。いま、あの現地の人たちの暮らしは、どうなっているのか。食料は足りているのか。笑いは、あるのか。アメは、あるのか。ああ、やっぱり、あそこが、わたしの「ふるさと」なんだ、な。
★北朝鮮の、最北端。日本海側の町で、生まれて、13歳まで過ごした。山も、あり、川も、あり、スズラン畑もあった。ここが「ふるさと」と言えるのか。フクザツな気持ち、だよ。「今、報道で知る状態」と、「育った頃」の思い出を結びつけると、悲しいよ。でも、山も、川も、海も、忘れない。
★日本人が住む町の道路がリッパで、現地の人たちが住む町は、暗く、道路もデコ、ボコだった。現実に、そう、だった。なぜ、そんな差があるのか、矛盾があるのか、小学校の先生は、教えてくれなかった。真実は、どこかに隠されている。事実は、隠れた所で進行する。全貌を把握するのは、難しい。
★私たち子供の楽しみは、学校が終わって、町に、白い服を着た現地の老人を待つことだった。老人は、白いヒゲを生やして、愛想よく、大きな木箱を背負って、現れる「飴屋」だった。子供たちが鉄の破片を集めて、老人に渡すと、木箱を置いた。木箱は何段にも重なっていた。そこには白い飴(あめ)が、隅々まで広がっていた。子供たちの目は、輝いて見詰めた。ツバを呑みこんだ。鉄の破片の量に従って、カンナの刃のようなものを使って、木の槌(つち)で叩いて、アメを割ってくれた。これが、本当においしかった。
★なぜか、きょうは、そんな子供の頃、「ふるさと」を思い出した。いま、あの現地の人たちの暮らしは、どうなっているのか。食料は足りているのか。笑いは、あるのか。アメは、あるのか。ああ、やっぱり、あそこが、わたしの「ふるさと」なんだ、な。
登録:
投稿 (Atom)


