こんな字を書いた日があった。「元気、出せ。声を、出せ・・・」
★今年の夏は暑かった。ホームに居れば、海水浴にも行かないし、山の静かな山林も歩けない。ホームの涼しい廊下を歩くだけの夏でした。それでも、「ゲンキは出そう、ナマケは、出すな」。口を、大きく、あけて、「ウォッ・・・」と叫びたい、そんな気持ちだけはあります。
★いきなりですが、「修道士って、何ですか?」
★実は、ホームに入ったとき、修道服は持って来なかった。「金祝」の祝いが来るというので、服を、長崎から持ってきました。朝のミサは、いつも黒いシャツで祈っていた。
★なぜ、だったんだろう、いま考える。入居当時は、生きることに懸命だった。寂しかったし、生きる意味はなかったし、面会に来たい人にも、遠慮してもらった。心が落ち着いたのが、昨年の暮れかな。カルワリオへの道があったわけです。
★2015年のクリスマス・イブから、朝、ミサのとき、毎朝、着るようになりました。良くても、愚かでも、修道士の姿を見せる。「ホームに居ても、わたしは修道士です」。そんな気持ちが戻ってきた。
★修道士と言っても、見たところ、普通の男性と同じ、一般人と変わりないでしょう。どこに特別の「オーラ」があるのか。「ああ、あの人は、ちょっと違っているな」「正直や、な」「文句を言わないな」「争いが、ないな」「挨拶をよく、する」「気持ちの、いいヒトだ」。せめて、そう言われるぐらいでしょう。
★それでも、基本に、1つ、何かあるんですね。服の問題では、ない。自分に言い聞かせます。「元気を出せ。声を出せ。ナマケは出すな」「ウォーッ」
あの笑顔 !!!!!!
返信削除