長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2012年3月25日日曜日
人生、悩み多し。自分が生きる意味、何か?
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長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
「生きる意味」に悩んだら、2月26日の登明日記を読みましょう。「オマエが居なくても、世界は立派に回っている。誰も困りはしない。」私、これが大好きです。この余裕、面白さ、逆説。そして結論は、「ひとつの小さな生きがいがあれば、立派に生きていける。」
返信削除その人の感じ方次第ではないでしょうか。どんなに小さなことでも、これで良しとして安心して生きていける人もいれば、これではダメだ、生きている意味がない、と悩んでしまう人もいる。
ちなみに、私は、もう悩むのをやめました。この前の巡礼中、娘から、「なんでお母さんは、巡礼に行くの?教会へ行くの?」と質問され、浮かんだ答えは、「だって、他に何もできないから。」娘は、「なーんだ、深い考えがあるのかと思っていたのに。」と、がっかりしていましたが。
何も考えなくても、生きる意味がいただけるところが、教会です。