2021年1月21日木曜日

子どもの頃、遊んだパッチン。イノチと、パワーの中で、夕陽はしずむ

昭和初期の、子どもの頃の遊び道具で、「パッチン」と言いました。
子ども、5、6人で、地面に〇を描いて、その中で、投げる。丸い厚紙には、子どもの興味を引くような絵が描いてある。〇の中の、パッチンを〇の外に押し出したり、引っくり返すと、自分のモノになる。
北朝鮮の大地で、よく遊びました。右上の四角いカードは、当時の人気役者で、集めて喜びました。遠い思い出ですね。
★血液採取や、CTの撮影は、順調良く、行きました。高原修道士さんのお陰です。
朝、ホームを出て、昼食前には、帰りました。行き帰りの車中では会話はなかった。与えられた出来事を、堪えて、「こなして」行くだけです。それが今の日々です。ただ、オナカが痛むのが気になります。「つめる」というか、そんな感じです。食べる事に、興味が湧かない。
19日は、841人が日記を見てくれて、びっくりです。
★昨日の夕方、自室の前の廊下から見えた夕陽です。なんと、すばらしい空じゃないですか。一日、働いた太陽は、最高の輝きを大地に、家々に、人びとに与えながら沈んでいく。自室から、朝陽は見えない。
こんな恵まれた環境に住んでいるのです。
いつまでも、あの夕暮れが見たい。
陽の光は、イノチだ、パワーだ、恵みだ。明日も、明るく生きられますように、それが祈りだ、感謝です。ホームの皆さんも、同じように、苦労と喜びで暮らしている。

2021年1月20日水曜日

歯医者さんに行っても、痛む。落ち込むな。上を向こう。希望を持とう

昨日は、歯医者さんの診察。
「上の歯茎が痛いです」
レントゲンを撮った。
上の前歯、3本が、差し歯。
これには思い出がある。
椿原の学校時代、
暴れん坊の少年が、棒を振り回す。
前歯に、カチンと当たって折れた。
30年前の思い出の歯。
左側の隙間が、化膿した場所。
「化膿止め、飲むしかない」とお医者さん。「この歯は、抜けないでしょう」
★今日、いま、高原修道士さんに電話を掛ける。「あした、8時半、出発ね」
「わかりました」
「昨日は、夕食の後で、腹が痛くて苦しんだよ。あれも、痛い。これも、痛い。もう、落ち込むよ」
「いや、いや、しっかりしてくださいよ」
「そうだね。下ばかり向くのでなくて、上を向く。天を向く」
「入江さんの声、トマさん、来いよ」
爆笑。入江さんが、呼んでいるな。「まだ、ちょっと、待て、な」

2021年1月19日火曜日

簡単に言うと、病状は、こう、です。まだ、まだ、希望を持って生きます

 簡単に、言うと、こう、です。
場所は、胃と小腸をつなぐところ。
腫瘍が、ある。
良性か、悪性か。
今後の、血液、CT、胃カメラの検査で、
はっきり、分かるでしょう。
処置の方法を、考えます。
★今の時期、早朝は、寒さで冷える。腹部の痛み具合も考えて、教会のミサは休んでいます。
★ホームでの食事が「やわらかい献立」に変わりました。ホームの看護師さんから栄養士さんへ連絡がつながる。食べやすい食事です。ありがたい。
元気を出そう。これまでも幾多の病気を乗り越えてきた。希望を持って、前へ進もう。
★なんか、わからんが、母親の祈る姿を、思い出した。
つらいよ、つらかった、と、なげくとき、背中をさする手がほしい。
だれでも、そう、でしょう。
その手は、母親の祈る手、温もりのある手だな、と思いました。
見えないけれど、今に、つながる。まだ、まだ、生きます、呼吸します。
★今日は、午後から、歯医者さん(予約)へ行きます。車で20分程の町です。ホームの職員さんが送迎してくださる。

2021年1月18日月曜日

総合病院での診察。じょじょに分かるでしょう。励ましコメントに感謝

総合病院の内科の待合室は、「蜜」になるほど、診察を受ける人で混んでいた。
名前が、次々に呼ばれて、人が動く。
長い時間が過ぎて、やっと名前が呼ばれた。
体温、血圧、身長など計り、奥の診察室に通された。お医者さんと、初めて対面。いきなり、お医者さんが胸の名札を見せて、「わたしは、〇〇〇〇です」と名乗られたのには、ちょっと、おどろいた。
★血液検査と、CTは、21日(木)に、胃カメラを27日(水)に行ないましょう。検査の日にちを決めただけで、診察は終わった。
食事は、やわらかにものを食べてください。
★状況は、じょじょに分かるでしょう。ホームに帰ったのは、ちょうど昼食時でした。あわてず、イラたてず、ゆっくりした気持ちで受け入れ、過ごしたい、今のところは、そういう段階です。沢山の皆さんのコメント、励ましは、ありがとう。

2021年1月17日日曜日

今日は、ゆっくり休みます。明日は、朝から病院へ。日記、書けるか?

日曜日だが、ミサを休んだ。
普段から1時間遅れの、5時半に起きた。
身なりを整える。歯をみがき、洗顔をして、部屋を明るくする。
「教会の祈り」の読書と、朝の祈りを唱える。ロザリオを唱えながら、静かに待つ。
ざわざわと音がして、瀧神父さんが入って来られた。「ご聖体」をいただいた。
瀧神父さんに、からだの状況を説明する。瀧神父さんは「トマに、語りべの役目がまだ有るなら、時間を下さるだろう」と言った。
★朝食の後で、看護師さんから、大きな封筒を渡された。園医のお医者さんの診察のデーターが入っている。録画もある。総合病院の、診察される消化器内科の医師の名前も記されている。
★明日は、朝から、高原修道士さんの運転と介護で、病院へ出かけます。日記は、書けるかな? 

2021年1月16日土曜日

総合病院の予約診察は、月曜日。イノチは神さまのこと。おまかせします

こころに、雨が、ふる。
気分が、すっきり、しない。
腹部が、なんとなく、もどかしい。
昨日、午前、ホーム園医・お医者さんの診察を受ける。早速、午後、医務室に電話があった。「月曜日に、総合病院へ予約をとりました。診察を受けて下さい」
何かが、起こりそうな、感じ。
あわてない、おどろかない、現状を、素直に受け取ろう。イノチは、神さまのことです。
すべて、導きに、おまかせします。
★今朝は、ミサの祈りは、お休みした。
濱田院長神父さんが、心配して、自室に来られる。「どうか、ね?」
一応、状況は、説明は、した。
「あんたが、修道会の一番の長老だからね。がんばってよ」と、手に5本の指を示しながら、「わたしも、この中に、入るよ」
修道者仲間の誰もが、長老になった。
次に来る課題は、わかっている。
人生には、長い間に、その人に託された使命がある。それを生きれば、よい。

2021年1月15日金曜日

「長崎のコルベ神父」。英訳と校正、完了。園医の診察。ハラはハラハラ

自著「長崎のコルベ神父」(1983年出版)を、荒木慎一郎先生(長崎・純心大学教授)が、英語訳に取り組んで下さって、2年が過ぎた。ご多忙のなか、英語訳は大変だったでしょう。熱意と努力が伝わってきます。
昨日、荒木先生から報告があった。「最後の章の校正が、ケビン・ドーク先生(ワシントンのジョージタウン大学の日本学教授)から送られてきました。これで、すべての校正を終わります」。前半が完了した。いよいよ後半に入る。期待は、高鳴る。先生たちのご苦労に、感謝。

★左の写真は、コルベ神父が長崎へ上陸して、大浦天主堂のすぐ近くに、1年間、宣教した仮の修道院です。7人のサムライ(騎士)達が生活した。左上に、天主堂、司教館が見える。
この1章「清貧の出会い」が、日本名随筆・全100巻のうち「貧」(85巻)に収録された。
★昨年は、聖コルベ東洋宣教90周年。今年は聖コルベ殉教80周年。この年に英語訳の出版。大きな喜びです。
★聖人といえども、コルベ神父にも人間的な弱さがあったはずだ。聖コルベと長崎で生活を共にした十数人のポーランド人修道士に、ジカに話を聞いたが、コルベ神父は長崎で沢山、泣き、苦しんでいる。聖人でさえ、悩み、苦しみ、怒り、笑い、そして失敗もした生身の人間であった。だから、こそ、そこに魅せられるのである。コルベ神父にとって、長崎の六年間は、自分にとって厳しい試練の時だったといえる。
★ホーム園医のお医者さんは、週2回、月と金に診療に来られる。今日、診察を受けた。血液検査の結果を聞いた。数値が、若干、上がっている。自分でも、どうも腹部の調子が、よくない。お医者さん「病院で、詳しく、調べますか」「はい」「どこが、いいですか」「総合病院が、いいです」「では、予約を取ります」。トマの表情は、不安だった。