2019年7月14日日曜日

他者のために奉仕する。人生、つながって、良き実りとなる

自室のガラス戸から見えた。誰かな?男子ばかりの壮年たち。
★テラスに出て、写真に撮った。左から2人目は、山下神父さん。ホームの清掃奉仕に来ていた。玄関の周辺を掃除したり、各部屋のガラス戸を磨いたり、こまめに動いて、働いた。女性たちは、別の場所で、奉仕している。けな気なことだ。この後、焼き肉で盛り上がると聞いた。
★働けるのは、お恵みだよ。老いた私には、うらやましい。手を動かして、他者のために奉仕したか。汗を流したか。いや、いや、そうか、な。自分の満足や、フトコロばかりを考えていたのではないか。もう、おそいよ、ね。
★将棋の加藤一二三さんをテレビで見た。加藤さんは、コルベ神父を敬愛している。コルベ神父が、修道士たちと、笑いながら「西洋将棋」を指している写真が1枚だけある。コルベ神父が笑った写真は、この1枚の写真のほかには全くない。「笑った」「将棋」から、加藤さんはコルベ神父に特別な好意を持っている。その加藤さんが、テレビで、色紙に「白はつに なっても 実る」と書いた。加藤さんの説明によると、これは旧約聖書からの言葉で、老いても、達成。生き甲斐を持つ。自分の人生、どうして生まれてきたのか、何だったのか。何をすれば、いいのか。これから先、70歳、80歳になっても、喜んで生きる。何かを実らせることが出来る人生を目指します、と語っていた。確かに、これですよ。私も、同感です。
★高来中学校から、200人の生徒の「お礼の言葉」集が届けられた。返事を書かないと、イカンでしょう。早速、半紙を3枚、横につないで、油性ペンで、感想と感謝の思いを綴った。絵具を使って、ブドウの絵と、カニの2匹、ヒマワリの絵を描き添えた。校長先生宛に送った。きっと、見やすい壁に貼って、生徒の皆さんに読んでもらえるでしょう。最後に筆字で書いたよ。「愛と友情が いちばんの宝」と、ね。 

2019年7月13日土曜日

改築工事が終了。建物の清め、祝別式。皆さんは家族。愛と喜び

老人ホーム「聖フランシスコ園」の改築工事が完成した。長い年月がかかったが、玄関に向かって右側の建物、上下が新しくなった。エレベーターもベッドが入る大きさに変わった。車椅子や歩行器の人が何人でも乗れる。
★2階には、小聖堂も出来た。建物、エレベーターの清め、祝別式が山内園長神父さんによって行なわれました。瀧神父さん、濱田神父さん、高原修道士さん、それに用件で長崎に来ていた東京・関町の松尾修道士さんも参列しました。
★祝別式は、ホームの人たちも参加して、小聖堂で、聖歌をうたい、園長神父さんが「清めの祈り」を唱えて、聖水を持って、下の建物から、エレベーター、上の建物の各部屋を清めました。また小聖堂に戻ってきて、聖歌で終わりました。
★改装工事には巨額の資金が必要です。修道会の各修道院の協力や、寄付によって賄われた。窓やサッシなども入れ替えました。談話室や、風呂も新しいのが出来て、暮らしやすくなります。ホームの人たちは、ここでお世話になって、老いて、カラダは徐々に筋力が低下して、それぞれの人生の終末を迎えるのでしょう。山内園長神父さんは「私たちは家族である」と強調されました。
★「トマさん、ここに住んで、どうですか」「お世話になっています。5年目ですが、ホームに居ても、充実した日々が送られています。生きていれば、楽しいこともあります。昼寝の時間に、東京・赤羽のペトロ・イシトク神父さん(ルーマニア人)から電話があった。励ましにもなります。ありがとう」

2019年7月12日金曜日

見事に咲いた月下美人。美しい1夜の花は何を教えているか

午後9時14分、月下美人が見事に咲いた。ふしぎな花ですよね。夜勤の男性職員、松村さんに頼んだ。「今夜、咲くからね、頼むよ」。電気を付けたら、咲いていたんですね。
★誰も居ない。誰も見ていない。ホームは全くの静けさです。それなのに、こんなに立派な、すごーイ、花を咲かせる。気にかけるニンゲンが居るって言うことは、この地球を、この宇宙を、見ている御者が居られる証拠です。
★1分経過した午後9時15分、月下美人は、こんなに開いた。白い花びら。中に、黄色い「めしべ」か「おしべ」か、花の中心にある。それを守るかのように、花びらが重なって、開いている。それを、また花びらが取り巻く。最後の花びらは、細く、針のように、尖っている。なぜ、暗闇に、こんな素晴らしい花を、ひっそりと咲かせるのだろう。自分を誇らぬように咲く。エライな、思うよ。月下美人の花に、降参だよ。世の中には、ふしぎな意味を秘めるものが沢山ある。だから魅力がある。
★午前8時47分、朝食を終わって、月下美人を見に行くと、ああ、すっかり「チカラ」が抜けた状態だった。「役目を果たしたよ」。月下美人が、そう言っていた。「おう、おう、ごくろう、さん」。声をかけて、慰めて、誉めて、やったよ。年に、たった1度しか咲かぬ月下美人よ。大きなチカラをくれたよ。長い間、葉と芽の時代があって、たったの7、8時間しか花咲かぬ月下美人よ、ありがとう、ね。

2019年7月11日木曜日

月下美人が今夜は咲くぞ。楽しみだな。ソーメンもウマかった

昼食は「冷やしソーメン」が出た。外は、まだ梅雨は明けない。だが、この季節、ソーメン、いいね。焼き鳥も、2本。おいしかったよ。食べるのが楽しみだからね。食べなくなったら、もうダメだ。
★ソーメン、少ないね。四角の氷も、2、3個入っている。だから冷やしソーメンには違いない。白いのは、デザートだよ。正体は分からん。
★ソーメンを食べるぞ。ネギとショウガを入れて、最初の1っ杯が、ああ、なんとも言えぬ。「うまか、ぞォ」。カラダに浸み込んで、冷たさが、クチに、広がる。「おかわり、あるよ」。職員が大皿をかかえて回ってくる。「コッチ、コッチだよ」。声がとどかない。やっと来たかと思いきや、「もう、ありません」「ギョッ」。残念だ。食べ損ねた。ご飯も小サラにあったが、めしは、よか。よか。
★月下美人が今夜は咲くぞ。楽しみだな。ゲッカビジン。漢字で、どう書くの?月下?月花?どっちなんだ?検索したら月下美人だった。いつもなら、葉から花咲く葉が出て、その芽の先が、花に変化していく。その成長が分かるのだが、今年は、いつの間にかに、気がつけば、この姿になっていた。それでも、この月下美人、枝を「くねって、まげて」大きな花の部分を支えている。花も自分自身を大事にしているんだね。この花のように、「グイ、グイ」支え、持ち上げよう。大切な人生を、ね。
★写っていないが、左側に、もう1花釣り下がっている。全部で4つの月下美人だ。今夜の夜勤の職員さんに「デジカメ」を渡して、撮ってもらおう。これも楽しみだ。月下美人は事務室の前、玄関を入った所に置かれている。見事な花の写真が撮れると、いいなァ。

2019年7月10日水曜日

カエルは水で、母は火で。中学生たちに語った後の反省あり

月に1度、ホームの「礼拝の日」。毎朝、6時から教会でミサがあり、ホームの信徒たちも、祈っている。「礼拝の日」は、午前10時から、園長神父さんがミサを捧げて、普段はミサに来れない車椅子の信徒たちが、この日は教会で祈りが出来る。歩行器や車椅子の12人ほどが聖体を拝領した。私は、特に母のために祈った。
★中学生たちに「カエル」の話をしたとき、〆(しめ)の言葉を忘れていた。「お母さんカエルは、『水』に流されたが、私の母は、『火』の中で燃え尽きたのです」。これが話したかった肝心な所です。
★「原爆講話」を話した日、ホームに帰って、自室で、高原修道士さんと講話の意見を話し合った。高原さんは言う。「被爆の後、小崎さんは、どのように生きたのか、の質問が生徒からあった。トマさんは、その質問の答えを避けた。被爆の後からホームまでは、話しません、と断りを言っていたが、やはり言うべきでなかったか」
★実際を言えば、校長先生にも、平和学習の担当の先生にも「カトリック修道士」の身分は打ち明けたくなかった。結局は、新聞に「91歳の修道士」「修道院へ入り、修道士となる」と出たので、身分がバレルことになる。しかし中学生たちには、「カトリック」「修道士」など、宗教のことは出したくなかった。いろんな宗教の家族も居るだろう。気乗りがしなかったのが事実です。

★トマは、高原修道士に答えた。「被爆直後に、神学校に入って、修道士になった」とは言いたくない。短い時間だから理解してもらえない。私が原爆体験で感じたことは、私の人生の入口に過ぎない。トマにとって、生きるとは、もっと奥が深いんだ。
★『孤独と出会い』。孤独は分かるだろう。若くして両親を失い、兄弟も居ない。原爆孤児になった。『孤独』そのものだ。しかし沢山の『出会い』があって、良い出会いもあれば、悪い出会いもあった。良い出会いは、『つながり』がある。それは『愛と、イノチ』の、つながり。これが人生なんです。
★トマが経験した「原爆」には、もう1つの体験があった。それが「アウシュヴィッツ・ナチの強制収容所」だ。「原爆」と「アウシュヴィッツ」、これが私の中で、表裏一体になっている。「アウシュヴィッツ」も原爆と全く同じ状況だった。「助けない」「困難が来たら逃げた」「仇なる人間は許さない」。これは人間なら当然だ。許せない、赦せない。今の世の中は憎しみで一杯だ。そこに救いはない。希望もない。
★しかしアウシュヴィッツの悲惨な憎しみの場で生きたコルベ神父は、「みんなを助けた」「困難が有っても逃げなかった」「ナチの憎い行動まで赦した」。そこに人間としての希望があり、解決がある。『愛とイノチ』の真実がある。恨んで当然。憎んで当然。仕返ししても当然なのに、コルベ神父のような『ヒト』も実際に居る。そこに人間の弱さへの答えがある。人間の明るい希望、憎みを捨てる可能性、平和への未来がある。トマにしてみれば、そこまで体験を話さないと、人生の真実、総ては語れない。
★トマの体験は「原爆」と「アウシュヴィッツ」。2つが重なってくる。「生きるとは『孤独と出会い』、『愛とイノチ』、これが人生」。

2019年7月9日火曜日

中学生たちよ、親の幼少・若い頃の話を沢山聞け。人生の力になる

先日、中学生たちに話をした時に、次のことを強調した。それは親子の会話です。「もっと、お父さんやお母さんの幼少の頃、若い頃の事を、しっかり聞いておこう」
★私は7歳で、父親は病死。17歳で母親は、原爆死。だから父親や、母親の若い頃の事もを、よく覚えていない。そこで皆さんにお願いしたい。皆さんは両親とよく会話して、お父さん、お母さんの幼少の頃、どうだったのか。結婚した頃のこと、とにかく両親の事をよく聞いて、しっかり覚えていてください。中には、お父さんが居ない人、お母さんが居ない人が居るかも知れない。そういう人は、周りの人で、よく知っている人が必ずいる。その人たちに聞いてください。君たちが成長して、両親の幼少の頃や、若い頃の思い出は、大きな生活のチカラになります。会話が大事だよ。
★私は、本当に覚えていないので寂しいよ。幾つになっても、91歳になっても、46歳で逝った父。45歳で逝った母のこと、忘れない。どんな父だったのか、母は、なぜ父と縁があって結ばれたのか、全く分からない。人生は『つながり』なんだよ。それを意識すれば、君たちの人生の励みになる。
★中学生の質問に、「お母さんの思い出はありませんか」があった。その応答に、カエルの話をしたね。母から聞いた寓話だった。お母さんカエルと、子カエルが居てね。子供のカエルは母カエルの言う事を、いつも聞かない。勉強しなさい。遊びに行く。手伝いなさい。どこかへ隠れてしまう。山へ行け、と言えば、川に行く。川と言えば、山へ行く。子カエルは言う事を聞かないんだね。困った子カエルだよ。その内、お母さんカエルは歳をとって、病気になり、死ぬ時が近づいた。
★死んだら、どこに埋めてほしいか。安全な場所、山がいい。だが山と言えば、川に埋めるだろう。川と言えば、山になるだろう。反対ばかりの子だよ。そこで「子どものカエルよ、私が死んだら川の近くに埋めておくれ」と願った。お母さんが死んで、初めて、子カエルの目が開いた。「ああ、わたしが、わるかった。いつも反対ばかり、親に背いてばかりいた。ゴメンね」。子カエルは、正直者になって、お母さんを川のほとりに埋めたんだね。山に埋めてもらいたかったのに。大雨が降って、川の近くに埋めたお母さんのカラダが流される。それで雨が降ると、カエルが、鳴くんだよ。グヴァ、グヴァって、ね。
★親に反対する子供は、悲しい。いまの中学生たちは、両親に対して、どんな応対をしているのか。親が、子を殺し、子が親を殺す、悲しい世の中だよ。私には、中学生いが純真な目をパッチリ開いて、しっかり聞いているように感じた。

2019年7月8日月曜日

七夕のホームの願い事。健康、長生き、孫の幸せ、平和への祈り

ホームの「タナバタ」。玄関に飾られた。老人たちの願い事って、どんな思いだろう。独り身の人も居れば、子や孫が沢山の人もいる。でも、寂しさは、いっしょだ。「ああ、五島へ、帰りたか、のう」と、ため息をつく女性。ボクも、五島は懐かしい。
★どんな短冊が掛かっているのか。笹竹を覗いてみた。「病気が早く治りますように」「孫たちが、いつまでも元気で、幸せでありますように」「いつも、ありがとう、と言えますように」「足の痛みが、取れますように」「毎日を、楽しく、笑って、100歳、100歳」「あのヒトと、もっと仲良くなれますように」「願い事は何もありませんが、毎日、感謝しています」「ながいき、したい」「職員、みんなが、元気で、仲良く働けますように」
★そしてボクが書いたのもあった。「ホームで旅立った人びとが、天空の美しい星々になりますように」。3枚書いたが、2枚は高い所で隠れていた。
★家で、1人で住んで、外出も出来ず、自分でご飯をつくって、生活を守っている人は多いでしょう。そこには自由がある。「わがまま」が出来る。
★でも、ホームの生活も、いいモンですよ。カロリーを計算された食事をいただいて、「七夕」の日には、「おはぎ」も出ました。看護師さんも、お医者さんも居るし、介護は行き届いています。安心感がありますね。個室が、1軒の家になっている。狭いけれど、歳を重ねると、十分です。結局、人間は、最後は、介護が必要になる。「ニンゲン、オシメに始まって、オシメで終わる」。最後に残るのは、神への「祈り」です。
★過去を振り返れば、有能な人材だった仲間や友人が、若くして逝ってしまった。無能なボクは長生きする。「あの人は、生きている。存在だけ。しかし長生きする。この人は、存在感のある人、立派。だが、早く逝った。負けか。どっちが良いか。ボクには、わからん」