午後からベッドで横になっていると、突然、竹内昭彦神父さまが自室に来られた。
★今年の夏は、修道会の日本管区で、新しい管区長の選挙が行なわれた。会員は、60人近く居るが、その中で、竹内神父さまが選出された。会員の訪問に来られたのです。10月中旬に、管区会議が行なわれて、正式に認められる。
★10月22日が誕生日だそうです。もう、すぐじゃないですか。昭和34年・1959年生まれ、この日、57歳になる。若い新・管区長さまに、神の御国の発展に期待します。
★出身は、新上五島町の浜串です。「浜串、知っていますよ。お母さんも知っていますよ」。2人で写真を撮りました。カメラのシャッターを押したのは、高原修道士さんだが、彼も言った。「私も、同じ、57歳ですよ」
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2016年10月7日金曜日
2016年10月6日木曜日
長崎へ。毎月の診療・クリニックへ。気分は明るい
写真は、長崎の聖母の騎士です。右手に小さく青い屋根、赤い壁が見えるのが、聖コルベ館です。懐かしい風景です。
★長崎へ日帰りで出かけました。朝、ホームを出るときは、高原修道士さんの運転で、私の他に、山内園長神父さま、谷村神父さまが一緒でした。長崎へ着くまで、山内園長神父さまと後部席で語り合いました。普通、ホームでは、なかなか話す機会がない。
★4人が修道者で、一緒に居ると、その場の雰囲気がフラテル(兄弟)になり、気持ちが違うのを感じました。生きている意味もよく分かる。自室に一人で居ると、迷いが起こる。
★「トマのおかげで、少しはホームのためになった」と園長神父さまが言ってくれたのは嬉しかった。
★長崎へ入ったら、3人は別行動になった。私は、毎月、診療に出かけているクリニックへ行く。心電図をとってもらった。先生は、「歩きなさい」と言うが、それが難しい。
★聖母の騎士に寄って、写したのが、この写真です。聖コルベ館には、二学期になって修学旅行生たちが来ている。「語り部をしたいな。若者たちに平和を語りたい」。気持ちは湧いてくるが、現実には、これも難しいようです。残念です。
★長崎へ日帰りで出かけました。朝、ホームを出るときは、高原修道士さんの運転で、私の他に、山内園長神父さま、谷村神父さまが一緒でした。長崎へ着くまで、山内園長神父さまと後部席で語り合いました。普通、ホームでは、なかなか話す機会がない。
★4人が修道者で、一緒に居ると、その場の雰囲気がフラテル(兄弟)になり、気持ちが違うのを感じました。生きている意味もよく分かる。自室に一人で居ると、迷いが起こる。
★「トマのおかげで、少しはホームのためになった」と園長神父さまが言ってくれたのは嬉しかった。
★長崎へ入ったら、3人は別行動になった。私は、毎月、診療に出かけているクリニックへ行く。心電図をとってもらった。先生は、「歩きなさい」と言うが、それが難しい。
★聖母の騎士に寄って、写したのが、この写真です。聖コルベ館には、二学期になって修学旅行生たちが来ている。「語り部をしたいな。若者たちに平和を語りたい」。気持ちは湧いてくるが、現実には、これも難しいようです。残念です。
2016年10月5日水曜日
見守って下さい。日記を書くのは推進力になります
折角、来て下さったのに、ゆっくりお話が出来なかったのは残念です。長崎の幸成さん、照美さんご夫妻です。丁度、ホームの行事が重なって、自室で、立ち話でお別れしました。
★ご夫妻は、毎日、日記を読んでくださって、その日記の内容を別の人に伝えているそうです。熱心に読んでくださるのは、ありがたいことです。感謝します。私が長崎に居た頃から、お世話になりました。遠い所を、出かけて下さって、ありがとう。
★ホームの生活は、毎日、平穏で、変わらないのですが、それでも日記を書くことは、自分の1つの課題になります。読んで下さる人もいる。入院した9月21日、水曜日には、210人の方が見てくださった。心配してくださった。だから私の推進力にもなります。
★何事も起こらなくても、「あの修道士は、どうなったか」と温かく見守ってください。神さまの御導きを祈ります。
★ご夫妻は、毎日、日記を読んでくださって、その日記の内容を別の人に伝えているそうです。熱心に読んでくださるのは、ありがたいことです。感謝します。私が長崎に居た頃から、お世話になりました。遠い所を、出かけて下さって、ありがとう。
★ホームの生活は、毎日、平穏で、変わらないのですが、それでも日記を書くことは、自分の1つの課題になります。読んで下さる人もいる。入院した9月21日、水曜日には、210人の方が見てくださった。心配してくださった。だから私の推進力にもなります。
★何事も起こらなくても、「あの修道士は、どうなったか」と温かく見守ってください。神さまの御導きを祈ります。
2016年10月4日火曜日
アシジの聖フランシスコの祭日。ホームのお祝いです
アシジの聖フランシスコの祭日です。12世紀、イタリアの聖人です。日本でも親しまれている聖人です。
★私たちの、コンベンツアル聖フランシスコ修道会、創立者の大きなお祝い日です。また聖フランシスコは、湯江教会の保護の聖人でもある。そしてホームの、聖フランシスコ園の名前の聖人でもある。幾つも由来が重なっています。写真は湯江教会に飾られた聖フランシスコです。
★ホームでは、「礼拝の日」になっていて、皆さんが教会に集って祈りました。園長神父さまがミサを捧げて、お話で、「聖フランシスコは、清貧と謙遜において、イエスの如く生きた聖人で、全世界の人に愛されています。いまの教皇さまのお名前も、フランシスコを選ばれました。聖フランシスコへの取次ぎを祈りましょう」と示されました。
★何年か前の丁度、この日に、イタリアのアシジの聖フランシスコ修道院でお祝いを迎えたことがあります。それは沢山の人が集りました。祈り、歌い、喜び、あの日の感動は忘れません。
★ミサの後で、常日ごろ、助け合っている入江さんが、ピシャットした服装を着ておられたので、教会を出た所で、写真を撮りました。
★入江さんは、91歳でもお元気で、今週、サカナ釣りに行くのを楽しみにしておられます。「大きな、タイを、釣って、くるからな」。ホームに居ても、余生の人生を楽しんでおられる。
★神の子、イエスの如くに生きたのが聖フランシスコであった。そして聖フランシスコの如くに生きたのが聖コルベでした。もちろん目標はイエスです。聖コルベの生き方も、清貧、謙遜、特に従順を重んじた現代の聖人でした。コルベ神父や、ゼノ修道士、カシアノ修道士に少しでも倣いたいと、不肖、わたしも修道服を着ているわけです。服だけでは、ダメですね。
★私たちの、コンベンツアル聖フランシスコ修道会、創立者の大きなお祝い日です。また聖フランシスコは、湯江教会の保護の聖人でもある。そしてホームの、聖フランシスコ園の名前の聖人でもある。幾つも由来が重なっています。写真は湯江教会に飾られた聖フランシスコです。
★ホームでは、「礼拝の日」になっていて、皆さんが教会に集って祈りました。園長神父さまがミサを捧げて、お話で、「聖フランシスコは、清貧と謙遜において、イエスの如く生きた聖人で、全世界の人に愛されています。いまの教皇さまのお名前も、フランシスコを選ばれました。聖フランシスコへの取次ぎを祈りましょう」と示されました。
★ミサの後で、常日ごろ、助け合っている入江さんが、ピシャットした服装を着ておられたので、教会を出た所で、写真を撮りました。
★入江さんは、91歳でもお元気で、今週、サカナ釣りに行くのを楽しみにしておられます。「大きな、タイを、釣って、くるからな」。ホームに居ても、余生の人生を楽しんでおられる。
★神の子、イエスの如くに生きたのが聖フランシスコであった。そして聖フランシスコの如くに生きたのが聖コルベでした。もちろん目標はイエスです。聖コルベの生き方も、清貧、謙遜、特に従順を重んじた現代の聖人でした。コルベ神父や、ゼノ修道士、カシアノ修道士に少しでも倣いたいと、不肖、わたしも修道服を着ているわけです。服だけでは、ダメですね。
2016年10月3日月曜日
きょうは、2つのミサで祈った。いろいろと、考える
きのう、101歳で亡くなった女性のことを書いたが、きょうは葬儀・告別式があった。
★これまで私が入居してからも、どれほどの入居者を神の国へ見送ったことだろう。だが、お通夜や葬儀の写真は、ほとんど載せたことがなかった。101歳、フィロメナさんの葬儀は撮りました。
★こんなに長くイノチをいただいた。ほんとうに神さまのお恵みに違いない。園長神父さまは言った。「亡くなる朝、行ってみると、目をパッチリあけていた。朝食が終わって、行ってみると、同じく目をパッチリとあけていた」。それから安らかに生涯を終わったのであろう。
★さすがに、老人ホームは、老人ばかりです。「でも、101歳までは、生き得ないわね」。そんな感想が聞こえていた。人生は、1回きりしか、ない。与えられたイノチを大切に生きよう。これは大事なことです。
★今朝、6時のミサでは、「善きサマリア人」の箇所が読まれた。ルカの10章です。強盗に襲われ、傷ついた人の話です。33節、「その人を見て、憐れに思い、近寄って・・・」の所で、脳裏に「サーッ」と閃いた。
★17歳、原爆の日、女子中学生を助けて、担架(たんか)に乗せて運ぶ途中で、また飛行機が飛んできたので、担架をほったらかしにして逃げた。その後、女子中学生は、どうなったか。
★10年が経過して、彼女に再会した。リッパな娘さんに成長し、役所で働いていた。「どうして助かったのか」と聞くと、「中々、助けてもらえなかったが、最期に1人のお爺さんが通って、『その人を見て、憐れに思い、近寄って・・・』、彼女を背負って、救援列車が来る線路まで運んでくれた。それで助かった、と言う。
★この実体験は、私の生涯にとって、常に、常に「善きサマリア人」につながって、離れない。
★これまで私が入居してからも、どれほどの入居者を神の国へ見送ったことだろう。だが、お通夜や葬儀の写真は、ほとんど載せたことがなかった。101歳、フィロメナさんの葬儀は撮りました。
★こんなに長くイノチをいただいた。ほんとうに神さまのお恵みに違いない。園長神父さまは言った。「亡くなる朝、行ってみると、目をパッチリあけていた。朝食が終わって、行ってみると、同じく目をパッチリとあけていた」。それから安らかに生涯を終わったのであろう。
★さすがに、老人ホームは、老人ばかりです。「でも、101歳までは、生き得ないわね」。そんな感想が聞こえていた。人生は、1回きりしか、ない。与えられたイノチを大切に生きよう。これは大事なことです。
★今朝、6時のミサでは、「善きサマリア人」の箇所が読まれた。ルカの10章です。強盗に襲われ、傷ついた人の話です。33節、「その人を見て、憐れに思い、近寄って・・・」の所で、脳裏に「サーッ」と閃いた。
★17歳、原爆の日、女子中学生を助けて、担架(たんか)に乗せて運ぶ途中で、また飛行機が飛んできたので、担架をほったらかしにして逃げた。その後、女子中学生は、どうなったか。
★10年が経過して、彼女に再会した。リッパな娘さんに成長し、役所で働いていた。「どうして助かったのか」と聞くと、「中々、助けてもらえなかったが、最期に1人のお爺さんが通って、『その人を見て、憐れに思い、近寄って・・・』、彼女を背負って、救援列車が来る線路まで運んでくれた。それで助かった、と言う。
★この実体験は、私の生涯にとって、常に、常に「善きサマリア人」につながって、離れない。
2016年10月2日日曜日
平凡な毎日だが、小さなドラマがある。あれも、これも
ホームの生活は、毎日、同じような平穏さで、変わらない。しかし夕方になってみると、きょうも、いろいろな事が起きる。小さなドラマもある。
★日曜日だから、朝、6時のミサから始まった。司祭はお説教で、「10月はロザリオの月だから、ロザリオを唱えるように」勧めた後で、1つの問いかけが心に残った。それは、「信者とは、何か?」であった。司祭が、どのように解説したか、答えの言葉を、いまは覚えていない。
★9時に、もう1つ、教会信徒のためのミサがある。そのミサの後で、高原修道士さんが、通称「クペさん」と呼んでいる車椅子の修道士さんを自室に連れて来た。修道士名が「クペルチノ」なので、そこから「クペさん」である。「トマさんと歳を比べて、3つ下になる」と彼は言った。近くの別のグループ・ホームで暮らしている。ミサのため、ホームに連れて来た。写真が、それです。
★101歳の信者の女性が天寿を全うして亡くなった。「フィロメナ」という霊名だった。午後から、小聖堂で、遺体を安置して、皆さんが集まって、ロザリオを唱えて、お通夜の儀式を行なった。
★園長神父さまの司式で、「人は、神さまから出て、神さまはお父さんです。愛の御方です。その神さまの元へ帰っていく」と言った言葉に、「信者とは何か?」。我々は神さまの愛によって、永遠の生命につながっている、それを信じることが、信者ではないか、そう思った次第です。
★いま、ホームは改装工事を行なっているので、この夏、一時期、私の部屋の隣の空き部屋に、101歳の女性がしばらく生活していたことがあった。職員さんが毎食、寝台の車に乗せて、食堂へ連れて行っていた。それで、よくお顔を見ていた。
★いま終わったお通夜で、お棺のなかの女性を見たとき、心から、「信者で、よかったね」とお別れを告げた。18年間、ホームで生活された女性だった。
★日曜日だから、朝、6時のミサから始まった。司祭はお説教で、「10月はロザリオの月だから、ロザリオを唱えるように」勧めた後で、1つの問いかけが心に残った。それは、「信者とは、何か?」であった。司祭が、どのように解説したか、答えの言葉を、いまは覚えていない。
★9時に、もう1つ、教会信徒のためのミサがある。そのミサの後で、高原修道士さんが、通称「クペさん」と呼んでいる車椅子の修道士さんを自室に連れて来た。修道士名が「クペルチノ」なので、そこから「クペさん」である。「トマさんと歳を比べて、3つ下になる」と彼は言った。近くの別のグループ・ホームで暮らしている。ミサのため、ホームに連れて来た。写真が、それです。
★101歳の信者の女性が天寿を全うして亡くなった。「フィロメナ」という霊名だった。午後から、小聖堂で、遺体を安置して、皆さんが集まって、ロザリオを唱えて、お通夜の儀式を行なった。
★園長神父さまの司式で、「人は、神さまから出て、神さまはお父さんです。愛の御方です。その神さまの元へ帰っていく」と言った言葉に、「信者とは何か?」。我々は神さまの愛によって、永遠の生命につながっている、それを信じることが、信者ではないか、そう思った次第です。
★いま、ホームは改装工事を行なっているので、この夏、一時期、私の部屋の隣の空き部屋に、101歳の女性がしばらく生活していたことがあった。職員さんが毎食、寝台の車に乗せて、食堂へ連れて行っていた。それで、よくお顔を見ていた。
★いま終わったお通夜で、お棺のなかの女性を見たとき、心から、「信者で、よかったね」とお別れを告げた。18年間、ホームで生活された女性だった。
2016年10月1日土曜日
10月は誕生会から始まった。ドンドン、パッパの踊り
早いものですね。今日から、10月です。しかも最初の日の、土曜日です。毎月、初・土曜日には昼食どきに、誕生会があります。10月生まれの入居者6人が、誕生会をお祝いしました。
★先ず園長神父さまの言葉が、最初にあった。「教会では、聖女テレジアを祝っている。テレジアには、『大(だい)』と呼ばれる聖女と、『小さい』と呼ばれる聖女が居て、今日のお祝いは『小さきテレジア』です。信者の入居者には、この霊名を頂いている方もいるでしょう。この日に誕生会を祝うのは喜びです」と紹介があった。
★誕生会に、楽しみにしているのが、職員さんたちの出し物です。「今日のは、何ですか?」「へ、へ、へ・・・」と笑いが返ってきた。ごらんの方々が、舞台で、「ドンドン、パッパ、ドン、パッパ」を音楽に合わせて踊りました。舞台で、軽快に、踊ると、心もワクワクしてきて、皆さんは喜びました。
★食事は、見事なタイの塩焼きがあったので、写真に撮った。赤飯、お刺身、秋の煮物、彩マリネ、和菓子、ジュースなど。
★誕生会を重ねる毎に、入居者は歳をとっていくのですね。その証拠が、食事の後で、自慢の歌が出るが、ずい分と、音程が下がってきているのです。「長崎の鐘」は必ず歌われる。
★そういえば、最近の、自分の行動にも、つくづく足に老いを感じています。忍耐、気力、信仰、忘れない。
★先ず園長神父さまの言葉が、最初にあった。「教会では、聖女テレジアを祝っている。テレジアには、『大(だい)』と呼ばれる聖女と、『小さい』と呼ばれる聖女が居て、今日のお祝いは『小さきテレジア』です。信者の入居者には、この霊名を頂いている方もいるでしょう。この日に誕生会を祝うのは喜びです」と紹介があった。
★食事は、見事なタイの塩焼きがあったので、写真に撮った。赤飯、お刺身、秋の煮物、彩マリネ、和菓子、ジュースなど。
★誕生会を重ねる毎に、入居者は歳をとっていくのですね。その証拠が、食事の後で、自慢の歌が出るが、ずい分と、音程が下がってきているのです。「長崎の鐘」は必ず歌われる。
★そういえば、最近の、自分の行動にも、つくづく足に老いを感じています。忍耐、気力、信仰、忘れない。
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