2021年2月17日水曜日

眠る夜、眠れぬ夜も、あり。逝った親友を思う夜。彼の思い、いま生きる

昨日は、歯の前歯の歯茎がはれて、痛む。院内の歯科衛生士さんに来てもらって、診察。主治医の先生に連絡して、クスリを処方。
夜は、横腹からの痛みはないが、腹部が張って、苦しい。寝られぬ夜もある。尿は、出ている。
★いつか読んだ「死に行く心理」の本。いま思い出す。➀がんの告知の「おどろき」。②なぜ自分が、の「怒り」。③死んでたまるか、の「反抗」。④受諾する「あきらめ」。⑤苦しみに耐える「辛抱」。最後は、ありがとう、の「かんしゃ」。
★終戦の年、小神学校で、同級生として知り合った彼が居た。トマも彼も、修道士の道を歩いた。トマが結核で倒れた時、修道院の病室で、彼は看護し、背中の横から出る膿(ウミ)のガーゼ交換を毎日、勤めた。ある日、その彼が、部屋をピカ、ピカに拭き、磨いた。「今日で、修道士に別れを告げる」。
★社会に出た彼は、修道者で学んだ信仰を大事に、教会の為に尽くした。浦上教会の信徒会長を務め、天主堂を改装して、教皇さまを迎えた。市民としては文才があり、地方文学の同人となり、数々のキリシタン小説を書いた。
★トマは言った。「お前は、エライな。オレは、そこまで、やりきらん。負けるばい」。彼は、言い返した。「病気を病んでも、がんばる。お前には、アタマが、あがらん」。その彼が、ある日、トマを訪ねた。「かん臓がん、なったよ。1枚、色紙に、お前の字で、言葉を書いてくれ」。彼が選んだ言葉が、「みむねの、ままに、我に、成れかし」。そして、いま、トマは、ベッドで、同じ思いで過ごしている。
★【ベッドの上での思い=人生の友】あなたに出会ったおかげで、友情、兄弟愛、励まし合う心を知った。お前の存在は、トマが生きる限り、生きている。親友とは、そういう事だ。
★【昨日の閲覧者数=統計】1344。 

10 件のコメント:

  1. マリア・フランチェスカ2021年2月17日 12:10

    ご親友もトマさんを天国から応援して下さっていますね。
    今日も札幌からお祈りしております。

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  2.  私も新潟からお祈りします。

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  3. 私も東京からお祈りしております。

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  4. 涙が溢れて仕事になりません。
    小崎さんのご親友の本は私の支えです。折に触れ思い出す文章がいくつもあります。天国ではきっとゼノさんとも再会されましたよね。
    「浦上のカトリックセンターに泊まり天主堂のミサに行く」のが夢でしたけど、宿泊できなくなったようで残念です。
    小崎さんのお部屋には天主堂の鐘が聞こえますか。
    痛みや不快感が軽減されますようにお祈りしています。

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  5. 元日のエリザベット2021年2月17日 15:27

    灰の水曜日にふさわしいトマさんの言葉を、心に刻みました。いつか自分にもこれが救いになる日が来る、と思いながら。

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  6. 大切な思い出を日記に書いてくださりありがとうございます。
    神奈川県からお祈りしております。

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  7. マリアジャンヌダルク2021年2月17日 19:28

    胸がいっぱいで言葉になりません。
    静岡の地から祈ります。

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  8. 写真はどちらでしょうか。
    マリア像の背に希望を見ます。
    そして、撮影されたトマさんの祈りの豊かさを
    受け止めます。ジンクーエン。

    トマさんの歯の煩わしい痛みが軽快し、
    腹部の苦しさが一瞬でも早く
    癒えますように祈っております。
    肉体で起こる炎症の燃えさかりが、
    すでに下火となっていますように。
    そして、必要なあらゆる手立てが
    都度もたらされますように。

    トマさんと同級生の親友さんの絆は、
    まさにフラテルの繋がりそのものですね。
    親友さんが圧倒的な勇気をもって、修道院を
    出られたこともわかります。
    堂々泰然と社会に出る青年“聖母の騎士”の姿を
    見せていただきました。
    騎士には勇気です。
    どこにあっても勇気です。

    転じて、がぶらってぃの勇気はどこだ?
    どの行いに反映されているのだ?と
    問われた思いです。

    親友さんが望まれ、ガブリエル少年でもあった
    トマさんが書かれた
    「みむねの ままに 我に 成れかし」には、
    深い深い思いと意味があると感じ取りました。
    親友さんと手を携えての創造主への繋がりが、
    はっきりとわかります。全てあるべきように
    用意されていたのでしょう。

    死に向かう心理は、致死率100%の人間という
    肉体を預かりながら、病や事故を経験して
    始めて自分のものとするところがあります。
    人間としての英知を与えられているにも
    関わらず、遠ざけて暮らしてしまうものですね。

    がぶらってぃは、病を経て3年、
    近くにいるフランシスコは病を得て6年半。
    受容は、すなわち“受けて立つ”こととわきまえたり
    の心境でおります。コトが起こって一瞬はひるんでも、
    がばっと立ち上がり、わかりましたと受けて立つ。
    “わたくしは 弱い時こそ強い”が聞こえ、勇気に
    繋がります。創造主への絶対的信頼において。

    ただトマさんに起こる肉体的苦痛だけは
    ジンクーエンと受けてはおれません。
    ニエ・ジンクーエンとお戻ししたい!トマさんが
    望まれる記録の発信、すなわちトマさんが
    伝えるべき祈りがある以上、やはり
    ここは現代医学の恩恵を十分に受けて良い
    ところと思います。それが弱さなのだとしたら、
    がぶらってぃは弱さのヨゴレを受けましょう。
    これからのはたらきで、一つ一つ清めて行きます。

    トマさん。今日も修道者としての尊厳を
    見せてくださり、ありがとうございます。
    その尊厳のあり方として、苦悩は仮に残すとしても、
    どうか苦痛は遠ざけてください。
    遠ざけると決めてください。
    プロッシェン・プロッシェン・プロッシェン。

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  9. トマさんに出会った方々のためにお祈りしております。

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  10. トマさんに出会った方々のためにお祈りしております。

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