2013年11月14日木曜日

秋田の涙のマリアさま。実は30年ほど前に訪問していた。

去る10月21日、月曜日に、ルーマニアから、聖コルベ館に、33人の巡礼者たちがきた。彼らは、「これまで世界中の、10の巡礼地を回ってきた。次の27日に、秋田にお祈りに行く」と告げた。それを機会に、秋田のマリアが気になったのです。「そういえば確か、テレビに出たのがあったな」と思い出した。調べてみると、ソニーのベーター・テープに収録したのを見つけた。1981年6月19日の日付けになっている。しかしベーターだから、見る機械がないから、見れない。そこでカメラ店へDVDへの変換を頼んでおいた。それが出来上がったのです。あらためてテレビで見ると(22分)、確かにマリア像の目から涙が出ている。テレビは、木彫の製作者や、木の性質の専門家に問い合わせていたが、不思議としか、言いようがない、と伝えた。テレビに写ったリストによると、第1回の涙は、1975年1月4日。この日、3回、流れて、58人が見ていた。テレビの放映のときは、第98回で、1981年1月6日、18人が見ていた。涙は、101回、1984年まで出ている。修道士が訪問したのは、1984年7月22日、日曜日であった。10数枚の写真を撮った。これがその写真である。訪問の記事は書かなかった。素朴な家が建っていたが、いまでは、ずいぶん変わっているだろう。涙は確かに出ていたが、それが何故起こったのか、わからない。カトリック新聞によると、ルーマニア人が訪問した27日には、大きな祈りの集いがあったと報じられていた。


2013年11月13日水曜日

神奈川の女子高校生180人。平和の花を沢山、咲かせよう。

大勢の女子高校生たちが聖堂に着席しました。代表者が出て、修道士に言った。「『17歳の夏』の本を、全員が購入し、読みました」。こんなに大勢の若者が、17歳を読んでくださること、ありがたいです。「感謝します」。次いで、高校生たちは、全員で、歌を2つ、合唱した。1つは「ハレルヤ」です。すばらしい歌唱力でした。修道士は、目をつぶって聞き入った。途中で、ちょっと、目をあけると、全員の目が修道士を見つめている。「ヒヤー」と、若い目に押されて、また目をつぶった。いよいよ話が始まる。この時は、皆さんの目をしっかり見渡しながら、話を進めていった。話の中心は、コルベ神父の身代わりの愛だが、「お礼を求めない愛」の言葉を忘れて、言わなかった。ザンネンです。平和、ヘイワ、へいわ、と叫びながら、なぜ人類は平和になれないのか。平和になるには、許す心が必要です。相手が叩いたら、叩き返す。仕返しする。それでは平和は来ない。その反抗を、どこで断つか。勇気が今、要求されている。だが、これは実際は、中々むずかしい。そこに現実、難点がある。それでも最後の締めくくりの言葉は、こう、でした。「助ける人になりなさい。困難が来ても、逃げない人になりなさい。許す人になりなさい。平和は、人の心に、愛の花を沢山、咲かせた時に来る」


2013年11月12日火曜日

名古屋の女子高校生たち、コルベ神父の生き方を学ぶ。

質問があります。高校生たちが来る前に、質問状が送られてきた。毎年、この学校は来ている。もう30数年になるだろう。旅行が終わってから、冊子を発行している。①コルベ神父は教徒に教えるときに、大切にしていたことは何ですか。②コルベ神父の行動の動機は何ですか。③コルベ神父の長崎での活動は、どんな影響を与えたか。④コルベ神父の行動から、愛とは、何だと思いますか。⑤コルベ神父が教えを説くとき、大切にしていたことは何ですか。⑥コルベ神父はナチスの政策を、どのように考えていましたか。⑦コルベ神父が亡くなると、悲しむ人がいるのに、身代わりになったのは、愛のある行動だったのでしょうか。⑧『女の一生』第2部に、コルベ神父を登場させたのは、どうしてか。⑨コルベ神父はアジアへの布教を重視していましたが、どうしてか。⑩コルベ神父は聖母マリアを尊敬していましたが、どうしてか。以上は、修道士に突きつけたテストみたような問題でした。考えさせられるよ。

2013年11月11日月曜日

どうです?いいカオしている?苦しみあっても、恵みもある。

ビンセント神父さん、明るいカオしているね。アメリカ人の神父さんだよ。昨夜は、いっしょに、町で、夕食を食べました。沖縄で働いていたんだよ。もう引退かね。若い時もあったさ。ビンセント神父さんは、聖コルベ館の初代・館長だからね。ボクが、2代目。マザー・テレサ・シスターさんが聖母の騎士に来られたとき、写真をみると、シスターの直ぐそばで案内した。英語を話すからね。名誉あるお役目だった。ボクが山の施設の学校の校長だったとき、中学生のクラスに、英語の授業を週1で頼んだ。長崎から、50km。ビンセント神父さんは、オートバイに乗って、さっそうと、やってきた。中学生たちに教えてね。効果はあるんだね。中学生の女の子は、英語をしゃべるようになって、海外交流にも出かけていった。ボクも、今からでも、エイゴ、習おうかな。イヤ、むずかしいね。中学生の頃は、鬼畜米英(きちく・べいえい)の教育を受けたモンさ。ごめんね。人類は、仲良くするのが、イチバンです。平和、ヘイワを願います。ビンセント神父さんとは、いっしょに暮らしています。「グット、モーゥニング」。いつも、あいさつ、しています。

2013年11月10日日曜日

神奈川から2人の女性。会えて嬉しいと、いい思い出残した。

出会いの喜びがあった。午後、自室で休んでいると、聖コルベ館から呼び出しの電話。神奈川から、2人の女性が見学に来ている。ぜひ、お会いしたい。そこで聖コルベ館へ。①「読んでから来ました」。小崎サンの「出会い旅」「オラショの旅」を愛読しました。ぜひ長崎へ巡礼したい、との思いで来た。2人ともカトリック。洗礼は、1人は4年前、1人は3年前。同じ教会で仲がいい。②「1泊2日で訪ねて来た」。パック旅行を利用。長崎駅に着いたのは、昼過ぎ。大浦天主堂から、聖母の騎士へ。③「会えて、嬉しいです、と女性は感激」。じゃあ、ハイ、アクシュ。打ち解けて、話し合った。洗礼を受けた動機は何ですか?子どもの頃から教会は知っていたが、人生、苦労を重ねるうちに、信じられるものがほしい。友人と共に、教会へ。イエスの愛の心に近づきたい。歳のことも考える。④「夜のミサへ行きなさい」と勧める。土曜日の夜は、浦上天主堂でミサがある。お祈りに行きなさい。⑤2人から「よいコースを教えられた」。明日は?と尋ねると、1つのバス・プランを教えられた。「え?こんなコースが、あるの?」。エースJTB九州オプショナル・プラン。朝、9時に長崎駅を出て、日本26聖人上陸地、西海橋、横瀬が浦、中浦ジュリアン、外海を回って、5時20分には長崎駅へ戻る。次いで空港まで送ってくれる。「こんな便利なコース、初めて、知ったよ。いいねえ」。パック旅行の個人プラン。2014年3月末まである。パックの旅は安くて、便利だね。★「いま、幸せでなければ、あすも、幸せには、なれない」。2人に出会って、何だか、幸せであった。ところが、夜中、大雨が降った。朝、起きても、雨は音を立てて、降っている。「あの2人、かわいそうだな」。幸いなり、8時頃には、空は曇りだが、雨はすっかり止まってしまった。おう、恵みが、あったぞ。

2013年11月9日土曜日

発見。生月の隠れキリシタン。大天使聖ミカエル。珍しい。

新聞で見つけた。珍しい発見なので、日記に載せた。右側は、現在、描かれている大天使聖ミカエルの絵だが、隠れキリシタン時代には、新聞のように描かれていた。日本風のイメージである。これを今日、取り上げたのは、実は、自著『西九州キリシタンの旅』に詳しく書いているからです。日本に、最初にキリスト教を伝えたのは、聖フランシスコ・ザビエルだった。聖人が鹿児島に上陸して、島津の殿様から初めて布教を許されたのが、9月29日の大天使聖ミカエルの祝日だった。(聖ミカエルへの信心は古く、9世紀から、この日に祝われてきた)。また聖人が生まれたスペインのザビエル城は、大天使聖ミカエルに捧げられていた。ザビエルは、日本にキリスト教が広まり、発展するよう聖ミカエルに祈り、日本の布教の保護者に定めた。★聖書によれば、大天使聖ミカエルは、神に反逆した悪の天使(悪魔)と戦って、彼らを地獄へ落とした軍の総帥と記されている。現在の、平戸のカトリック教会は、1931年、昭和6年に建堂されたが、大天使聖ミカエルに捧げられている。平戸や生月の信徒たちは、大天使聖ミカエルの信心を、大切にして、祈り、代々子孫に伝えていったのであろう。★人の心には、天使の声・勧めもあれば、悪魔のささやきもある。それに打ち勝つには、謙遜な祈りと、神への信頼が大切と思う。自分のチカラに頼ると、負けてしまうだろう。

2013年11月8日金曜日

手作りのシオリ、94枚が届く。恵理子さん、有り難う

9月5日の日記に、大分県の恵理子さん作の栞(シオリ)を載せた。あの時の恵理子さんのお便り。「日記を読んでおります。日記の中から、言葉と、絵を合わせて、自作のカード(栞)を作りました。使ってください」と、20数枚送ってくださった。ビックリしました。届いた栞は、出会ったシスターさんたちに贈って、喜ばれた。ところが数日前に、再び、同じ恵理子さんから、大量の、94枚ものシオリが、届きました。ごらんのカード(栞)です。カードを並べてみて、興味があるのが、恵理子さんが、どのような言葉を選んだか、ですね。知りたいところでも、ある。★言葉は短いが、チカラがあるんですね。だから、こういう短い言葉に惹かれます。「親切な、対応は、快い、思い出を残す。出会いは、恵み」「どんな逆境でも、希望と、勇気で、今を、生きる」。こんなのも、いいね。「痛ィーテッ、イヤーダッは、生きている証拠、耐えるのは、今、でしょ」言葉は、切磋琢磨している。★シオリは、何かに挟んで、時々、眺めると、ゲンキが出るでしょう。有効に使いたいと、楽しみにしています。裏は、どうなっているか、というと、聖コルベ館の赤印が押してある。★全然、想像もしなかったのに、大分県の恵理子さんが、ある日、ポーン、と贈ってくれた。偶然の出会いによって、小さな喜びが湧き起こった。喜びは、沢山の、ほほ笑みとなって広がる。あるんだな、そんなことが。だからジンセイは、毎日が、おもしろい。楽しい日々が、過ごせる。