★教会へ行って、黙想した。本を読む。傾聴ボランチアのことを考えた。こちらが話し、あちらは聴くだけ。何んにも介入しない。諭したり、慰めたり、励ましたり、全く、しない。偶然にも、この本に書いてある。傾聴ボランチアの奥に、神が居られる。心を沈めて、安らかに、今の自分の悩み、痛み、苦しみ、喜び、胸騒ぎ、などを語ろう。森に向かって語るように、反響はないかも知れない。しかし愛の神は沈黙はすれど、聴いて居られる。「ああ、そうなんだ」。心静かに語れば、いいんだ。その繰り返しに、神の、傍に、居られるのを、体感できるようになる。
★すると、電話です、と名前を呼ばれた。「誰から、だろう?」。声の主は、東京のシスターからだった。「『トマさんのことば』、いただいて、ありがとう。みな、喜んでいる」「まあ、まあ、わざわざ遠くから、ありがとう。最後まで、お互い、奉献生活つづけましょう、ね」。それだけで切った。後で後悔したよ。「ああ、もっと語ればよかったのに。愛想なく、直ぐに切るなんて。トマさんの電話、すぐ切るから注意するように、と言われたこと、あったッけ」
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