7月の誕生会。「ハッピバスデイー」。おめでとう。この月に誕生日を迎える老人は、7人居た。園長神父さんのお祝いの言葉があり、例の如く、歌と拍手で、7人に小さな灯とお花とプレゼントが園長神父さんによって渡される。嬉しいよ。生きることは、お恵みだよ。いつまでも長生きしてほしい。人生、老いても、捨てたモンじゃ、ない。生きていることに価値がある。シワは増えても、輝きは、ある。
★さあ、さあ、お楽しみは、職員さんの恒例の出し物だね。3人が出るぞ。「なんの、オドリね」「タナバタさま」。星を持った、この女性職員さんが「役者」だからね。期待が持てるぞ。なにやら、青い線のタレ幕。天の川だそうだ。イメージは、あるよ。看護師さん、介護の職員さん。
★「入場します」。音楽が、なる。タナバタの音楽だよ。おサルのお面をかぶっている。拍手しているのは、栄養師さん。タナバタさんは、今の時期に合う季節だからね。乗りに乗って、皆さんは大喜びだよ。星を高くあげて、「踊るよ、おどる」。なんでも、いいよ。とにかく派手に動きまわる。それが受けるんだね。
★最後には、踊る者たちが、抱き合って、盛り上がる、モリあがる。こうなったら、どうでも、いいよ。最初に「役者」と言ったでしょう。抱きしめられたのは、看護師さんでした。拍手するのは、介護の職員さん。男子の職員さんは、カメラ・マンだよ。皆さんは、ハクシュ、ハクシュ、笑い。入居者の老人と、若い職員さんが一体となり、家族の気持ちになるのが、いちばん、いいホームなんです。「ヒト」ですよ。「愛情」ですよ。
★「ボクも、写してくれんね」。カメラ・マンの職員さんに頼んだ。「この、ノボセもん、が」。でも、フンイキだよ。おサルさんのメンをずらして、「ハイ、このポーズ」。顔が見えた方が、いいモンね。
★良い部屋に住んで、三食いただいて、昼食は誕生会だから、お刺身、長崎和牛の焼き肉、水まんじゅうも、あった。お祈りをして、神さまに感謝して、なにも心配はありません。ボクは、神さまを見ている。神さまも、ボクを見ておられる。導いて下さる。その流れに乗って、天の川のように、星々に、吸い込まれて行くのを感じます。すばらしい1日だった、きょうは。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2019年7月7日日曜日
2019年7月6日土曜日
中学校の「平和学習」講話は無事に終わった。夜は安眠した
地元の高来中学校、生徒数200人のための原爆の話は、これまでなく快調に行なわれた。立ったままの姿で、40分、やりとげた。最もまとまった講話になった。
★ホームから、知人ら、岩田事務長さん、明子さん、浜口整骨院の夫妻、津田さん、桜井さんの姿が見えた。
★中学生の印象は、体育館に200人が入場するのに、話声が全くなかった。床に全員が座り、しばらく、うつむいて、瞑目し、号令で、一同が「サッ」と上げた。「起立」と号令すれば、これ又「サッ」と立つ。教育が行き届いているな、の感じが胸にひびいた。「中学生たち、エライ」
★話す間、全員が「パッチリ」目をあけて、私の話に聞き入った。話易さで、嬉しかった。最後、話の締めは「人の痛みを分かる心を持つ」だが、「では小崎さんは、どのように実行したのですか?」の質問が、一番こたえる。人の痛みを自分はどうやって分かってきたか。91歳の老いになっても、迷いはある。それが人間だろう。弱さだろう。
★話終えての質問は、20分ほど続いた。代表男子生徒のお礼の言葉、女子生徒から花束を受けた。最後に私が先生に頼んだ。「全員で、何か、平和の歌か、歌いやすい歌を歌ってください」。しばらく先生方が相談していたが「高来中」の校歌を歌ってくれた。
★今朝の、「長崎新聞」です。新聞の上の場所に、大きく掲載してくれた。
★ホームから、知人ら、岩田事務長さん、明子さん、浜口整骨院の夫妻、津田さん、桜井さんの姿が見えた。
★中学生の印象は、体育館に200人が入場するのに、話声が全くなかった。床に全員が座り、しばらく、うつむいて、瞑目し、号令で、一同が「サッ」と上げた。「起立」と号令すれば、これ又「サッ」と立つ。教育が行き届いているな、の感じが胸にひびいた。「中学生たち、エライ」
★話す間、全員が「パッチリ」目をあけて、私の話に聞き入った。話易さで、嬉しかった。最後、話の締めは「人の痛みを分かる心を持つ」だが、「では小崎さんは、どのように実行したのですか?」の質問が、一番こたえる。人の痛みを自分はどうやって分かってきたか。91歳の老いになっても、迷いはある。それが人間だろう。弱さだろう。
★話終えての質問は、20分ほど続いた。代表男子生徒のお礼の言葉、女子生徒から花束を受けた。最後に私が先生に頼んだ。「全員で、何か、平和の歌か、歌いやすい歌を歌ってください」。しばらく先生方が相談していたが「高来中」の校歌を歌ってくれた。
★今朝の、「長崎新聞」です。新聞の上の場所に、大きく掲載してくれた。
2019年7月5日金曜日
いよいよ今日が本番。中学校に出かけます。励ましの「カード」
雨が上がった。薄曇りだが、日差しも、さしている。昨夜は、よく眠れた。いよいよ今日が出番だ。気持ちも高まってくる。
★朝食のとき、介護の荒木主任職員さんが、私のソバに来て、「きょう、ね。高来中学校」「ウン」「これ、お守りだから」と渡してくれたのが、左の写真の「カード」です。「笑」だよ。コードを開くと、「いつも、ありがとう、職員一同」と書いてあった。小さな心遣いが、元気をくれる。「声が出なくて、ね」「出るよ、アッハッハ」「良し、ガンバルけんね」
★老いの人にも出番が来る。ありがたい。生きている限りは、戦いだ。自分は自分。自分の体験しか語れない。91だよ。もう、この歳になって、何を、そんなに飾って、カッコウつけて、よいものか。限度がある。素直に、すんなりと、体験を、自分の弱さを、そして平和の原点を、思うがままにかたれば、いい。喝采は、もう、いい。中学生たちに、思いが、心が少しでも届けば、それで満足だ。
★いまから出かけます。高原修道士さんが助けてくれます。思い出の話題が出きると、いいですね。期待してください。何かが、起こりそうです。
★朝食のとき、介護の荒木主任職員さんが、私のソバに来て、「きょう、ね。高来中学校」「ウン」「これ、お守りだから」と渡してくれたのが、左の写真の「カード」です。「笑」だよ。コードを開くと、「いつも、ありがとう、職員一同」と書いてあった。小さな心遣いが、元気をくれる。「声が出なくて、ね」「出るよ、アッハッハ」「良し、ガンバルけんね」
★老いの人にも出番が来る。ありがたい。生きている限りは、戦いだ。自分は自分。自分の体験しか語れない。91だよ。もう、この歳になって、何を、そんなに飾って、カッコウつけて、よいものか。限度がある。素直に、すんなりと、体験を、自分の弱さを、そして平和の原点を、思うがままにかたれば、いい。喝采は、もう、いい。中学生たちに、思いが、心が少しでも届けば、それで満足だ。
★いまから出かけます。高原修道士さんが助けてくれます。思い出の話題が出きると、いいですね。期待してください。何かが、起こりそうです。
2019年7月4日木曜日
地元の中学校から3人の男子中学生が「職場体験学習」に来た
地元、高来町に、1つだけ中学校がある。生徒数は200人。夏休みの前に、「職場体験学習」を行なっている。今年もホームに、3人の男子中学生が実習に来た。3日間、火曜日、水曜日、木曜日。今日が最後の日だった。
★学校の教室を離れて、実生活の職場を体験するのは有意義な行事だ。もう何年、いや何十年、つづいているだろう。写真に写っているのは、介護の荒木主任職員さんです。
★3人の仕事は多々あります。お年寄りとの会話、昼食時の配膳の手伝いや、後片付け、(その時、写した写真です)他に車椅子の清掃、部屋の転室の荷物運び、長い廊下の手すりの清掃、七夕つくり、お年寄りと一緒になって「書道」も書きました。昼食はお年寄りと一緒の食事を、職員食堂で、職員さんと食べた。
★今日のお昼の食事は、冷やしソーメン、トリのからあげ、ゼリーでした。これらの食事を食べながら、中学生たちは何を感じたでしょうか。お年寄りばかりの生活に、若い中学生の男子が混じっている姿は、こちらが元気をもらい、励まされます。若者には夢がある。希望がある。可能性がある。でも、苦難も有るでしょう。お年寄りの存在も忘れないでください。中学生たちがウラヤマシイ。ガンバレよ。
★明日は、いよいよ、この高来中学校の生徒たち200人に、原爆の話「語り部」を務めます。母親の原爆死・50回忌から、長崎・原爆資料館の平和推進協会の「語り部」の部会に入り、12年勤めて来た。聖コルベ館でも原爆とアウシュヴィッツとコルベ神父を語ってきた。あれから25年になる。「おそらく高来中学校の語り部」が最後になるでしょうと思っている。声が出ない。カツ弁が出来ない。足がふらつく。明日は最後まで話せるか、不安はありますが、頑張ります。明日が楽しみです。ウマク行くと、いいですね。この「職場体験学習」の3人男子中学生たちも聞いてくれるでしょう。
★学校の教室を離れて、実生活の職場を体験するのは有意義な行事だ。もう何年、いや何十年、つづいているだろう。写真に写っているのは、介護の荒木主任職員さんです。
★3人の仕事は多々あります。お年寄りとの会話、昼食時の配膳の手伝いや、後片付け、(その時、写した写真です)他に車椅子の清掃、部屋の転室の荷物運び、長い廊下の手すりの清掃、七夕つくり、お年寄りと一緒になって「書道」も書きました。昼食はお年寄りと一緒の食事を、職員食堂で、職員さんと食べた。
★今日のお昼の食事は、冷やしソーメン、トリのからあげ、ゼリーでした。これらの食事を食べながら、中学生たちは何を感じたでしょうか。お年寄りばかりの生活に、若い中学生の男子が混じっている姿は、こちらが元気をもらい、励まされます。若者には夢がある。希望がある。可能性がある。でも、苦難も有るでしょう。お年寄りの存在も忘れないでください。中学生たちがウラヤマシイ。ガンバレよ。
★明日は、いよいよ、この高来中学校の生徒たち200人に、原爆の話「語り部」を務めます。母親の原爆死・50回忌から、長崎・原爆資料館の平和推進協会の「語り部」の部会に入り、12年勤めて来た。聖コルベ館でも原爆とアウシュヴィッツとコルベ神父を語ってきた。あれから25年になる。「おそらく高来中学校の語り部」が最後になるでしょうと思っている。声が出ない。カツ弁が出来ない。足がふらつく。明日は最後まで話せるか、不安はありますが、頑張ります。明日が楽しみです。ウマク行くと、いいですね。この「職場体験学習」の3人男子中学生たちも聞いてくれるでしょう。
2019年7月3日水曜日
言われてイヤな言葉、3つある。「いい、カオ」。これが、いいね
ホームの書道教室。女性先生のお誘いの言葉。「秋に、文化祭がありますから、書きましょう」。先生が朱色で手本に書いて下さったのが、これだった。「光風動春」。(今は、まだ夏も来ないのに)が、心のなか。意味は「雨後の晴天にふく心地よい風が春を生ず」というのだそうだ。
★「雲仙の間」で、準備された机に向かって立ち姿で、10枚ほど書いた。書道は余り気乗りがしない。子供の頃も書の手習いはしなかった。それでも墨汁で筆字を書くのは気持ち的には好きだ。だから書道教室には参加している。効果もあり、文化祭でも、時々「努力賞」の札がつく。高来の町は、明治の頃、著名な書家が出て、書道は熱心な土地だ。小・中学生が励んでいる。
★日記に載せた、茨城の「まゆみ」さんから、「塩零梅」が早くも届いた。ご縁をつづけて送ってくださり、ありがとう。感謝の心で、いただきます。
★私は、言われて、イヤな言葉が、3つある。「ダイジョウブ、か」「ツカレタようなカオしてる」「ヤセタんじゃ、ない?」。これだ、ね。
★自分では、フンパツして、前に進もう、ゲンキを出そうと意識しているから、現実を直球で言われると、胸にひびくよ。それより「いい、カオ、している」。これが嬉しいね。「いい顔」の方が、「ソーダよ、ソーダね」と、ほほ笑みも浮かぶ。温かく見守ってほしいのが、願いです。
★「雲仙の間」で、準備された机に向かって立ち姿で、10枚ほど書いた。書道は余り気乗りがしない。子供の頃も書の手習いはしなかった。それでも墨汁で筆字を書くのは気持ち的には好きだ。だから書道教室には参加している。効果もあり、文化祭でも、時々「努力賞」の札がつく。高来の町は、明治の頃、著名な書家が出て、書道は熱心な土地だ。小・中学生が励んでいる。
★日記に載せた、茨城の「まゆみ」さんから、「塩零梅」が早くも届いた。ご縁をつづけて送ってくださり、ありがとう。感謝の心で、いただきます。
★私は、言われて、イヤな言葉が、3つある。「ダイジョウブ、か」「ツカレタようなカオしてる」「ヤセタんじゃ、ない?」。これだ、ね。
★自分では、フンパツして、前に進もう、ゲンキを出そうと意識しているから、現実を直球で言われると、胸にひびくよ。それより「いい、カオ、している」。これが嬉しいね。「いい顔」の方が、「ソーダよ、ソーダね」と、ほほ笑みも浮かぶ。温かく見守ってほしいのが、願いです。
2019年7月2日火曜日
茨城「まゆみ」さんのハガキ。いま、なお覚えて下さる人がいる
夜中に降った雨が、朝方にあがった。朝、体操のとき、窓から見える景色。山並みに、モヤのような白いけむりが揺らいでいる。心を和ませる風景に癒される。
★茨城から「まゆみ」さんのハガキが届いた。「新しいお部屋で、快適なご様子ですね。いつもの梅干を注文しました。送料無料キャンペン中らしいので、直接、和歌山から、そちらへ届きます。働く励みとなっていますので、皆さんで食べて下さい」。まゆみさんの梅干は、塩分0.1%の「塩零梅」です。塩分控えめの食生活を実施しているので、好みです。
★ハガキには「ブログに西山神父さまのご様子ありがとう。浦上天主堂の被爆十字架が帰ってくるニュース。そして教皇さまの来日と、素晴らしいニュースが続きますね」とあった。西山神父さんや、瀧神父さん、修道者たちの記事には、日記を読む皆さんも興味があるようです。それを感じます。発信することも大事ですね。
★ハガキには、まだ続きがあった。「小崎さんの御本を読んで、浦上天主堂へ被爆マリアさまにも会いに行きました。前回の教皇さま来日の時、テレビで観たゼノさんの姿が忘れられません。あの雪の日のお話は、水浦久之さんの本で読みました。ああ、長崎へ行きたい。次の語り部、頑張って下さい」
★日記を読んで下さる方は、どこかで、誰かが、被爆マリアとか、教皇さまとか、ゼノさん、水浦久之さん(トマの親友、『神父発見』の著者)まで覚えていて下さるんですね。やはり「つながり」があるのを痛感します。
★茨城から「まゆみ」さんのハガキが届いた。「新しいお部屋で、快適なご様子ですね。いつもの梅干を注文しました。送料無料キャンペン中らしいので、直接、和歌山から、そちらへ届きます。働く励みとなっていますので、皆さんで食べて下さい」。まゆみさんの梅干は、塩分0.1%の「塩零梅」です。塩分控えめの食生活を実施しているので、好みです。
★ハガキには「ブログに西山神父さまのご様子ありがとう。浦上天主堂の被爆十字架が帰ってくるニュース。そして教皇さまの来日と、素晴らしいニュースが続きますね」とあった。西山神父さんや、瀧神父さん、修道者たちの記事には、日記を読む皆さんも興味があるようです。それを感じます。発信することも大事ですね。
★ハガキには、まだ続きがあった。「小崎さんの御本を読んで、浦上天主堂へ被爆マリアさまにも会いに行きました。前回の教皇さま来日の時、テレビで観たゼノさんの姿が忘れられません。あの雪の日のお話は、水浦久之さんの本で読みました。ああ、長崎へ行きたい。次の語り部、頑張って下さい」
★日記を読んで下さる方は、どこかで、誰かが、被爆マリアとか、教皇さまとか、ゼノさん、水浦久之さん(トマの親友、『神父発見』の著者)まで覚えていて下さるんですね。やはり「つながり」があるのを痛感します。
2019年7月1日月曜日
福者188人殉教者の日。外海の山崎さんと次兵衛神父の洞窟
★「モシ、、モシ、山崎さん、お元気ですか?変わりない?どうして今日、電話したか、分かる?」「今日は、福者ペトロ岐部神父と同志殉教者188人の記念日でしょう」。ああ、やっぱり山崎さんは分かっておられた。
★この福者殉教者の中には、3人の司祭がいる。ペトロ岐部神父、ジュリアン中浦神父(外海地方の出身で、遣欧少年4人の使節として、ローマに派遣された。後に殉教する)、それに金鍔(きん・つば)次兵衛神父である。
★写真は、外海の山崎さんのお宅で昨年8月に写した。
★山崎さんは「金鍔次兵衛神父」に深い関わりがある。「あれは、いつ、でしたか?洞窟を発見したのは?」「1983年でした」。外海の山中にある「次兵衛神父」の隠れ家だった洞窟「次兵岩」。山崎さんは、隠れた山の中に、江戸時代から森の人に利用されていた巨大な洞窟を、検証して、「次兵岩」は、金鍔次兵衛神父の「ゆかりの地」と判断した。この洞窟に魅せられて、「お恵み」の場所に変えて、人生の後半を「次兵岩・巡礼」に奉仕し尽くした。彼の人生自体が、この巡礼の恵みで、深い信仰への転換となったのだった。山崎さんの人生を大きく変えた洞窟である。山崎さんと言えば、金鍔を忘れない。
★外海の美しい海と山々。その山中に「次兵岩」はある。山崎さんは、信仰と熱意をもって、金鍔次兵衛神父の列福に協力した。「次兵岩」への、けもの道や、流れる沢や、山林はそのまま残して、洞窟に祭壇を設けて、聖母マリア像を立てて、巡礼者の案内役となった。
★2013年まで400回の巡礼を果たしたと、電話では語り、懐かしがった。山崎さんの電話の声は、チカラ強い。言い伝えによると、金鍔神父は、変装が得意で、全く気づかれずに役人の内部まで侵入し活躍した。遂に、捕らえられて、殉教した。トマも山崎さんの案内で、3度「次兵岩」へ巡礼した。異様な岩の奥に入った時、涙が出た。その間、188人が福者に挙げられる。
★山崎さんとの電話会談は、28分つづいた。「近いうちに、もう1度、山崎さん宅へ訪問しますから、元気で居てください」と約束した。山崎さんは沢山のビデオ、外海の資料や、式典、巡礼者など多彩の記録を保持している。貴重な存在です。山崎政行さんを外しては、外海を真には語れないだろう。「生まれは、いつね?」「昭和4年」。90歳になる。
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