2017年7月7日金曜日

タナバタ。願いは、幾つになっても、長生きだよ

7月7日。タナバタの日です。ホームの玄関にも、笹竹が飾られた。97歳の老人が、事務室の女性に、一筆書いたから、付けてください、と頼んでいる。何んと書いてあるか、こっそり見ると、「長生き、できます、ように」。まだ生きたいんだよ。生きることはホンネのところで喜びだ。
★「トマさん」と呼びかけられた。「トマさん、ホームを出なさい。まだ、まだ働ける。聖コルベ館に居て、巡礼に来る人に語り部を勤めてください。それがトマさん、らしい」。トマに対しては、いつまでも、そのイメージで見ている。ありがたいが、身体的にも諸事情があり、もう老いも近々90だよ。歳を取ろうが、いつまでも聖コルベ館に勤めて、語り部で自爆するまで徹して働き勤める、それは美談でしょう。でも、やはり、そうは行かない。平凡なトマです。ごめんなさい。
★タナバタに付けられた札を見ていると、「若い男性に出会いますように」とあった。出会いの喜びと、色気を失わないのは、生きるチカラがあるメデタイ証拠だよ。
★夕食には、おはぎ(ボタモチ)が出るそうです。楽しみだな。

2017年7月6日木曜日

12歳の聖女の心は、私の心を貫く。清さを与え給え

聖女マリア・ゴレッティの記念日です。「ああ、今年も、この日が来たか」と、毎年、ある1人の女性を思い出すのです。1970年代、長崎オラショの旅を主催して、全国から巡礼者を集めて、長崎・外海・平戸・島原など祈りの旅を行ないました。30組には、なるでしょう。そのとき、ガイドに頼んでいたのが、マリア・ゴレッティの洗礼名を持つ女性でした。名ガイドさんで、彼女の説明に満足していたものです。
★マリア・ゴレッティは、イタリアの貧しい農家に生まれました。1890年です。たとえ生活は貧しくとも、清く生きることを神に誓っていました。彼女を狙う暴漢がおりました。彼女を犯そうとしましたが、極力抵抗して、暴漢の刃に命を落としました。1902年のことでした。生まれてから、命を捧げるまで、引き算をすると、12歳ですよ。彼女は貞潔を守り通しました。暴漢が成す事は絶対に許されていけない出来事です。「欲望の鬼」。悲しいことです。この世の中には暴漢の心を持った人が沢山いるのです。
★今朝の祈り。神よ、私たちの心に光を注いで下さい。『み旨を理解し』(これが、ポイント)いつも希望にあふれて、あなたの道を歩むことができますように。(教会の祈り、125ページ、結びの祈願)
★み旨を理解し、これがポイントです。何を神は望まれるか。罪を犯すな。隣人を愛す。からだの苦しみは、取り去るものなら、手当てをする。残るものには、受け入れて、主イエスと共に耐える。希望を持って生きる。悲しい顔はしない。これぞキリスト信者の生きる道。「聖女マリア・ゴレッティよ、我にも清らかな心を与え給え」

2017年7月5日水曜日

うまく行けば恵み。困難は神への疑い。試される信仰

山道で見つけた昭和の電灯です。珍しいのでデジカメを向けた。
★何年か前に、こんな経験があった。聖コルベ館に居たとき、立正佼成会から話を頼まれ、中古車の軽で出かけた。高速道路に3つの長いトンネルがある。3つ目の所で、急に車に異変が起こった。「ガクン、ガクン」と揺れたかと思うと、軽が馬力を失った。ちょうと、出口の近くであった。何とか、車を滑らせて、やっとトンネルを出た。幸い、路肩があった。軽をそこへ停めた。まだ携帯を持っていない頃だった。
★高速道路を通過する車を停めようと、手で合図するが誰も止めてくれない。やっと1台が停まった。「携帯、貸してもらえませんか?」「どうしたの?故障?電話なら、そこに有るよ」。車の人が指した、すぐ傍に、「緊急電話」があった。電話をかけると、30分ほどで故障処理車が到着した。修理工場は近所にあった。代車を借りて、走行をつづけた。
★そのとき思った。もし故障がトンネルの中央あたりだったら、どうなるか。片側一車線の道路だった。恐らく大混乱になっただろう。考えただけでも寒気がする。トンネルを出た所でよかった。しかも緊急電話が直ぐ傍にあった。だから助けられた。
★立正佼成会に行って、この経過を話すと、『妙』の世界がある、と言われた。お恵み、導きとは、いわない。『御守護』です。言葉は違うけど、確かに『妙』のふしぎな導きがある。そう感じた次第で、なぜか、この件は忘れることが出来ない。
★生活の中で、本当に、順調に事が運んでいくと、確かに神の導きが有ったと素直に感じて感謝する。そういう『妙』な出来事は、大なり小なり、生活の中で起こっている。それも信仰かも知れない。問題は、人生は平坦ではないことです。
★意に反する、逆らうことが、しばしば起こる。病気、がん、倒産、家庭の不和、裏切り、だまされる、借金など、様々な苦難が現実に起こる。そのとき、いかに、それらを乗り越えるか。そこが各人に信仰と共に問われるところです。
★神と、自分の現実を、どう考え、越えていくか、毎日、誰にでも問わされいる難題です。

2017年7月4日火曜日

原爆は怖い。小学生たちの作文。傾聴ボランチア

赤い字で「氷」の旗が揺れていた。子どもの頃を思い出して、「食べたい」。300円でした。作る動作が全く違う。子どもの頃は、機械で、ハンドルを回して、「サク、サク」と削り重ねて、山の形にして、蜜をかけていた。現在のは、何やら黒い箱のなかで、「モグ、モグ」と操作しながら出たのが、これです。「え?これ?」。イメージが違うな。先日、嬉野温泉へ行った帰りの休息場所でした。
★最近、変わったこと、あったか? ありました。
★①先日、小学校で、原爆の語り部を勤めた児童さんや教師から、お礼の文集が送られてきた。これを1枚1枚読むと、戦争は怖いと、わかるんですね。話甲斐はありました。2年生の作文に、こんなのが目についた。「また、げんしばくだんが、おちるかも、しれないと思いました。げんしばくだんが、おちても、なく(亡く)ならなくて、よかったですね。わたしは平和をまもるとめに、友だちと、なかよく、するようにします」。子どもたちの心に何かが残ると期待しています。
★②傾聴ボランチアの女性がきた。1時間、しゃべりました。女性は聴くだけです。時折、言葉を繰り返す。話をしているうちに、自分のアタマの中が、何やら整理されて行くのを感じた。もう女性が来るようになって、5回目です。島原半島の町から、バスに乗って、諫早でバスに乗り継いで、わざわざ来てくれるのです。奉仕です。全く感心します。月に1度ですが、最近は待つようになりました。
★③元日のエリザベットさんから携帯に電話があった。娘さんと2人で、個人で、ポーランド旅行へ行ってきた。クラクフでは、コンラードさんのお世話になった。アウシュヴィッツでは、日本人の案内人、中谷さんの詳しい説明を受けた。小崎さんのことも知っていた。「トマさんのことば」を中谷さんに差し上げたので、代わりに本を送ってください。ニエポカラヌフ修道院も巡礼した。いい旅ができましたね。写真を数枚送ってください。

2017年7月3日月曜日

ステント入れ換えの苦難。これなくして生きられない

病院はイヤだね。右の腎臓を結核で摘出して、70年近く、左の腎臓だけで生きてきた。その左の腎臓も結核に侵されて、死に目にあった。助けてくれたのは看護師のシスターだった。「せっかくなら最後まで診てくれよ」と言いたいよ。
★残る左の腎臓から、ボウコウまで1本のクダ・ステントが入っている。そのお陰で尿が出て、生きているわけです。祈りも出来るし、食事も、入浴も、笑いも出来るし、パソコン日記も書ける。ただ残念なのは、6ヶ月毎にステントを入れ換えなくては、ならない。苦悩があるわけです。シスターに言いたい。「最後まで、腎臓、診てくれよ」
★今日、予約の病院へ行った。高原修道士さんが運転して、付き添った。ステント入れ換えのため、日にちを決めた。その日にちは、ここには書きたくない。弱気になるな。「ああ、シンドイよ」。出るは、ため息ばかりです。後、半年は頑張りたい。すると90になる。区切りがいいじゃありませんか。そこまで生きれば、もう幕を引いてもいいでしょう。
★生きているのを感謝しよう。多くの友人たちは早々と天に召された。生きているのは、どんな状態であれ、幸いです。喜びです。わが身に、そのように説教しております。

2017年7月2日日曜日

森の中のお店。癒しの里。美紀さんのお店を訪問

人生には、夢がある。「こう、したい」「ああ、したい」。夢を実現するのは、困難もあるが、叶えば更に希望と夢は広がる。以前、聖コルベ館に勤めていた納富美紀さんが、山の中に木造、古風なお店を開いている。
★美紀さんは聖コルベ館に居たとき、来館者たちが彼女の応対に心を開いて、悩み事や、困難を打ち明けていた。美紀さんも、それに応じて相談に乗って、慰めを与えていた。美紀さんを慕って、訪れる人がいたのです。「その延長なんです、この店は」と美紀さんは言った。1度は訪ねたい所だったが、今日、お店を訪ねることが出来た。
★長崎の白浜さんがホームに来たので、頼み込んで、美紀さんのお店に車で連れて行ってもらった。国道から、少し山道に入ると、木々の茂る林か、森か、とにかく山があった。9軒のお店が固まって点在している。森の中にある木造りの建物ばかりだから、静かで、気持ちが落ち着いた。車が次々に入ってくる。
★美紀さんのお店は「ひつじのじかん」という。軒下に、フィンランドの旗が下がっていた。美紀さんのお店に入ると、美紀さんは、びっくり。非常に喜んで迎えてくれた。特性の紅茶を飲ませてくれる。店内には、ロザリオ、マリア像、手製のバッグ、サイフなど、多様な品が置かれている。中でも目を引くのがフインランドの食器類がだった。日曜日は、カップルや家族連れが多いが、平日は、美紀さんの話を聞く人が時間をかけて長居するという。美紀さんの顔はイキイキとしていた。彼女には、人の心を包みこむ優しさ、人を慰め、癒すオーラがある。ここは平安の里でもある。

2017年7月1日土曜日

7月。いきなり誕生会。踊れ、踊らにゃソン。愉快

早いもんですな。今年も、もう半分が終わりました。今日から、7月です。「あと半分、何とか頑張りたい。すると90歳になる」。歳のことを考えると、今日は、7月に入ったばかりなのに、いきなり誕生会があった。食堂に全員が集まって、みんなでお祝いをする。祝辞も、乾杯も、ご馳走もあるよ。今月誕生をお祝いする1人、1人に、園長神父さまら職員さん2人で、お花、小さな灯、プレゼントが渡される。「ホピバスデイ」をみんなで拍手して歌いました。なぜか歳は教えない。だが1つ歳を重ねて、おめでたい事です。いつまでも達者でいてください。生きることは神のお恵みです。苦労はあるでしょう。喜びもある。
★会食が始まると、恒例の出し物が出現する。「今日の出し物は何ですか?」。先ずは炭鉱節を踊った。写真の右。次に、クチに何やら三角コップをつけて、手に羽をつけて、踊り始めた。「スズメの踊りだよ」「電線にとまったスズメ」などの声が聞こえた。突然、現われ、急に踊りだすので、こちらのアタマが付いてはいけない。ただ面白いのは確かです。みなさんは拍手したり、笑ったり、愉快なひと時になった。「モッテ、コーイ」の声もかかった。この後、のど自慢があって誕生会を終わりました。職員の皆さん、ご苦労さまでした。みんなは、この日を楽しみにしているのは確かです。