
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2012年7月9日月曜日
戦後の混乱を縫い合わせた1つの施設だった。懐かしい

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長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
「十七歳の夏」の中、
返信削除「山の施設で泣き笑いの出会い人生」のところに
書かれている施設のことですね。
辛く悲しい出来事が綴られたこの本を、
ここまで読み進んだ時、
面白いエピソードに、思わず笑ってしまいました。
生きることに必死だっただけに、今の学校と違って、
先生と子供達の心が、本当に通じ合っていたのですね。
そのころ病気が良くなった修道士さんが、
先生として活躍される場が与えられて、
よかったなあと思いました。