夕食後に、パソコンに向かう時間が取れた。一日、ゆうゆう過ごしているのに、なぜ、こんなに遅くなるのだろう。
★今日の特記は、月、1回の「書道」だった。右の女性が、先生です。私の字は、我流だから、さして上手ではない。それでも筆字を書くのは好きです。
★先生が声をかけてくれる。「町内の会館で、文化祭があって、いろんな作品を展示するので、書道の部で、出してみませんか」「少し、書いてみましょうか」。『千客万来』『寂然不動』。どうでしょうか。
★朝食が終わって、入浴した。最近は、介護を必要とする男性が多くなっているので、その日は入れない。職員さんも大変です。金曜日は、朝食後は、すぐに入れるのです。日曜日も、そうです。入浴は、いつも入江さんと、キリエさんと、3人です。
★午前中は、入浴と、書道で過ごし、昼食後はベッドに横になる。1時間ほどで起きて、何や、かや、しておれば、もうロザリオの時間です。祈るのは好きですね。心が何となく落ち着いてくる。すべてを神さまに委ねます。
★ロザリオが終わって、ポットに飲む湯を入れて、自室に憩うと、明子さんが来た。話ばなしで、夕食の時間になったのです。
★時間が経つのが、早いね。もう金曜日だよ。1週間が経つのも、早かね。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2016年10月14日金曜日
2016年10月13日木曜日
昨夜、上五島のお母さんから電話あり。30分も話した
去る日、10月7日に、竹内昭彦神父さまが、自室を訪ねてくれた。嬉しかったよ。すぐ、上五島・浜串に居るお母さんのことが思い出された。よーく知っている。電話をかけようと思ったが、電話も、携帯の番号も知り得ない。
★4年前、長崎に居たとき、初めて腎臓からの尿管が、異物で詰まって入院したとき、お母さんが見舞いに来てくれた。「ジンセイって、苦しみの連続だね」というと、お母さんは即座に答えた。「苦しみ無くして、ジンセイなし」。当時の日記に書いてある。
★日記には、更に、お母さんの次の言葉があった。「一番、感動するのは、十字架上の盗賊が、『主よ、御国にお出でになるときは、思い出してください』。それに対して、主が、『今日、我と共に楽園にあらん』。この言葉が最高ですよ。これで私たちは救われるんです」
★以前、竹内神父さんのお母さんを取材して、記事を書いたことがある。新・管区長に選出されたことで、自著・文庫本の「信仰の旅路」を取り出して、その記事を、もう1度、読み返してみた。そこには壮絶な苦しみ連続の、お母さんの生涯が綴られていた。
★すると昨夜です、お母さんから私に電話が入った。びっくりしたよ。早速、出たのが、やっぱり、あの盗賊の話だった。苦しみ連続のお母さんの人生。漁船に乗っていたご主人が、満40歳を迎えた翌日、くも膜下出血で倒れ、長年の苦難の日々がつづく。時にお母さんは35歳。7人の子どもが居て、上は中学2年生。下は生まれて4ヶ月の女の子だった。
★昭彦は、小学4年生。少年は、教会へ行き、「なんでボクのトウちゃんを病気にしたとですか」。それを知って、母の胸は痛んだ。母は言った。「実は、あなたも生後2ヶ月のとき、急性肺炎で1週間、意識不明になったのよ。父ちゃんが働いたお金で、あっち、こっちの病院を駆けずり回り、やっと元気になって、小学校に入学できたのよ」
★すると昭彦が答えた。「ボクは赤ちゃんのとき、1度死んだんだね。それなら神父さまに、ならんば、いかんバイね」
★静かなホームの夜に、大きな声で、電話は、30分もつづいた。「歳は幾つになったとね」「28、よ。ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。82」「ご主人が亡くなって、何年?」「17年になるよ」。お母さんは言った。「大黒柱は1本じゃ、立たんとよ。柱や、小さな木や竹に支えられて・・・・祈るだけ、です」
★4年前、長崎に居たとき、初めて腎臓からの尿管が、異物で詰まって入院したとき、お母さんが見舞いに来てくれた。「ジンセイって、苦しみの連続だね」というと、お母さんは即座に答えた。「苦しみ無くして、ジンセイなし」。当時の日記に書いてある。
★日記には、更に、お母さんの次の言葉があった。「一番、感動するのは、十字架上の盗賊が、『主よ、御国にお出でになるときは、思い出してください』。それに対して、主が、『今日、我と共に楽園にあらん』。この言葉が最高ですよ。これで私たちは救われるんです」
★以前、竹内神父さんのお母さんを取材して、記事を書いたことがある。新・管区長に選出されたことで、自著・文庫本の「信仰の旅路」を取り出して、その記事を、もう1度、読み返してみた。そこには壮絶な苦しみ連続の、お母さんの生涯が綴られていた。
★すると昨夜です、お母さんから私に電話が入った。びっくりしたよ。早速、出たのが、やっぱり、あの盗賊の話だった。苦しみ連続のお母さんの人生。漁船に乗っていたご主人が、満40歳を迎えた翌日、くも膜下出血で倒れ、長年の苦難の日々がつづく。時にお母さんは35歳。7人の子どもが居て、上は中学2年生。下は生まれて4ヶ月の女の子だった。
★昭彦は、小学4年生。少年は、教会へ行き、「なんでボクのトウちゃんを病気にしたとですか」。それを知って、母の胸は痛んだ。母は言った。「実は、あなたも生後2ヶ月のとき、急性肺炎で1週間、意識不明になったのよ。父ちゃんが働いたお金で、あっち、こっちの病院を駆けずり回り、やっと元気になって、小学校に入学できたのよ」
★すると昭彦が答えた。「ボクは赤ちゃんのとき、1度死んだんだね。それなら神父さまに、ならんば、いかんバイね」
★静かなホームの夜に、大きな声で、電話は、30分もつづいた。「歳は幾つになったとね」「28、よ。ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。82」「ご主人が亡くなって、何年?」「17年になるよ」。お母さんは言った。「大黒柱は1本じゃ、立たんとよ。柱や、小さな木や竹に支えられて・・・・祈るだけ、です」
2016年10月12日水曜日
50年経ったら、100年経ったら、この世はどう変わる?
★私も、イスの仲間に座っていた。想像だけが、アタマを駆け巡る。小学校低学年だから、7歳か、8歳であろう。老人ホームという理解はあるのだろうか。子どもたちの家族に、お年寄りは居るだろう。その人たちと、ホームはどう結びつくのか。
★子どもたちは、ホーム内を一巡して、食堂で、職員さんの話を聞いた。7歳、8歳の時代は我々にも、あった。この子たちが、あと80年生きて、私の年になる。80年だよ。なぜか、遠ォーィ、全く違った世の中になっているのを感じた。新幹線が長崎まで来るような時代を飛び越えているだろう。
★しかし、世の中は科学的に、社会的に全く変わったとしても、愛や、思いやり、優しさ、悪いことは悪い、憎しみが争いを引き起こす、それらは不変で、今と人間は変わらないであろう、と思った。
★今、「教会の祈り」の「読書」で、旧約聖書の「シラ書」を読んでいる。紀元前、何百年前に書かれたのに、人間は如何に生きるべきか、感動するほどリッパに書いている。人間の本心は、いつの世にも変わりは無い。それをシンから学ぶべきことが大切であろう。
★「良心にやましいことのない人、希望を失うことのない人は、幸いだ」(シラ書14・2)
2016年10月11日火曜日
老いの花を、この場所で、咲かせよう。小さくても
「置かれた、場所で、咲きなさい」。そんな言葉を、どこかで、何回も耳にしてきた。その意味は、自分の「今」に満足して、自分なりに、一生懸命、自分の花を咲かせなさい。小さな花であっても、いい。人の目に止まらなくても、いい。そーっと、「置かれた」場所で、目イッパイ、咲かせておれば、必ず見てくださる御方がいる、ということだろう。
★歳をとると、カラダも、アタマも弱り、機転が利かなくなり、衰えてくるのは確かです。「あの人は、歳をとってもリッパです。90何歳なのに、背筋はピシャットしているし、何でも、こなしている」と鼻先で自慢されることがあるが、イヤですね。足跡や、事情は比べられない。
★「そのヒトは、その人」「このヒトは、この人」。能力が違っても、皆さん、懸命に生きておられる。ホームで各人の生活を見ていると、はっきり、そのことが言える。
★この歳になって、老いてきて、残り少なく、振り返れば、これまでの長がーィ、ジンセイで、「神さまの愛を体験したこと、あります」「イエスさまに出会ったこと、あります」「ニンゲンの弱さも、愚かさも、身に沁みて分かります」「苦しみがあっても、神さまの愛に変えることが出来ました」。そう言えるのが、本当でしょう。老いて、もう時間はないのです。しかし、人間は、幾つになっても、悟りは開けず、確信できないのが本音です。
★「忍耐」「気力」「信仰」。この3つ。老いても、完全じゃ、ないが、それは、それで受け入れて、信頼を於いて、置かれた、この場所で、小さく、目立たないように、自分の花を咲かせよう。今日も、一日、無事に過ごす事が出来ました。カンシャします。神さまに、周りの人に、そして職員の皆さんに。
★歳をとると、カラダも、アタマも弱り、機転が利かなくなり、衰えてくるのは確かです。「あの人は、歳をとってもリッパです。90何歳なのに、背筋はピシャットしているし、何でも、こなしている」と鼻先で自慢されることがあるが、イヤですね。足跡や、事情は比べられない。
★「そのヒトは、その人」「このヒトは、この人」。能力が違っても、皆さん、懸命に生きておられる。ホームで各人の生活を見ていると、はっきり、そのことが言える。
★この歳になって、老いてきて、残り少なく、振り返れば、これまでの長がーィ、ジンセイで、「神さまの愛を体験したこと、あります」「イエスさまに出会ったこと、あります」「ニンゲンの弱さも、愚かさも、身に沁みて分かります」「苦しみがあっても、神さまの愛に変えることが出来ました」。そう言えるのが、本当でしょう。老いて、もう時間はないのです。しかし、人間は、幾つになっても、悟りは開けず、確信できないのが本音です。
★「忍耐」「気力」「信仰」。この3つ。老いても、完全じゃ、ないが、それは、それで受け入れて、信頼を於いて、置かれた、この場所で、小さく、目立たないように、自分の花を咲かせよう。今日も、一日、無事に過ごす事が出来ました。カンシャします。神さまに、周りの人に、そして職員の皆さんに。
2016年10月10日月曜日
人生の最終章か。でも、明るさと、生きる喜びがある
食堂から見える、道路の向かい側にある花壇に咲いている「黄色い花の群れ」です。敬老の日も終わりました。運動会もおわりました。そんな声も聞こえてきます。秋風になびいている花たちです。
★三連休の「体育の日」でしたが、ホームは静かな一日でした。ロザリオが終わって、女性たちが、廊下のソファに並んで、笑いの中に何やら語っている。「お酒、飲むなのご意見なれど・・・」なんて、歌も聞こえる。聞かないことにしております。
★午前中に、「コーラス」というのがあって、10数人が集って、軽体操や、タオルを使って、歌を唄いながら、カラダを動かします。体のためになるので、参加しています。だが、男性は、3人だけでした。
★老人ホームは人生の最終章です。でも、そこには明るさと、生きる喜びがある。それを見つめたい。
★三連休の「体育の日」でしたが、ホームは静かな一日でした。ロザリオが終わって、女性たちが、廊下のソファに並んで、笑いの中に何やら語っている。「お酒、飲むなのご意見なれど・・・」なんて、歌も聞こえる。聞かないことにしております。
★午前中に、「コーラス」というのがあって、10数人が集って、軽体操や、タオルを使って、歌を唄いながら、カラダを動かします。体のためになるので、参加しています。だが、男性は、3人だけでした。
★老人ホームは人生の最終章です。でも、そこには明るさと、生きる喜びがある。それを見つめたい。
2016年10月9日日曜日
3人はゲンキです。お世話になって、お恵みイッパイ
昨日の運動会の写真ですが、左は、大曾神父さま。右は、入江さん。一緒の「青組」でした。いつも一緒に居る感じです。
★今日は、日曜日ですが、ミサのとき、「神の恵み(救い)とは何だろう?」という言葉があった。日々、知らないところで、神のお恵みは働いているのだろう。忘れてはいけないのは、感謝です。そんな思いで祈りました。
★ホームで暮らせるのも、神の導きでしょう。老いは感じます。でも孤独ではない。周りには沢山の人がいる。
★午後から、「ビデオの日」で、聖フランシスコの「ブラザー・サン、シスター・ムーン」が上映された。フランシスコが、サン・ダミアーノの古びた小聖堂を修理している場面があったが、雪が降っていた。イタリアのアシジには雪が降るんだろうか、そんな思いがした。
★古びた衣服のフランシスコが数人の仲間と、ローマへ赴き、教皇さまの御前に進み出て、会則の認可を願う荘厳な場面があったが、一度は追い出されたフランシスコを呼び戻し、教皇さまが出会って、フランシスコの足に接吻した。おどろきました。そして今の教皇さまの御名は「フランシスコ」であるのを、不思議に思い、見ていました。
★大曾神父さまも、入江さんも、真ん中の者も、フランシスコに関係がある、これも神さまのお恵みです。
★今日は、日曜日ですが、ミサのとき、「神の恵み(救い)とは何だろう?」という言葉があった。日々、知らないところで、神のお恵みは働いているのだろう。忘れてはいけないのは、感謝です。そんな思いで祈りました。
★ホームで暮らせるのも、神の導きでしょう。老いは感じます。でも孤独ではない。周りには沢山の人がいる。
★午後から、「ビデオの日」で、聖フランシスコの「ブラザー・サン、シスター・ムーン」が上映された。フランシスコが、サン・ダミアーノの古びた小聖堂を修理している場面があったが、雪が降っていた。イタリアのアシジには雪が降るんだろうか、そんな思いがした。
★古びた衣服のフランシスコが数人の仲間と、ローマへ赴き、教皇さまの御前に進み出て、会則の認可を願う荘厳な場面があったが、一度は追い出されたフランシスコを呼び戻し、教皇さまが出会って、フランシスコの足に接吻した。おどろきました。そして今の教皇さまの御名は「フランシスコ」であるのを、不思議に思い、見ていました。
★大曾神父さまも、入江さんも、真ん中の者も、フランシスコに関係がある、これも神さまのお恵みです。
2016年10月8日土曜日
秋の大運動会。楽しく、笑いと、ハクシュで盛り上った
園内の大運動会が行なわれた。第49回を数える。それだけの歴史があるんですね。昨年は、同じ時期に、広い庭で、実施した。緑のお揃いの服も着た。
★今年は、改築工事もあって、食堂に皆さんが集まって、1時間半ほどの間、盛り上って楽しんだ。今年は緑の運動着は着なかった。
★正式に、「君が代」を歌い、国旗掲揚。工夫をこらした聖火入場。入居者代表の選手宣誓もちゃんとあった。
★ホーム全体の人が、赤・ハチ巻、青・ハチ巻、黄色のハチ巻に分かれる。表に張り出された組み分けを見ると、入居者は、67人。職員さんは、41人がいた。みんな一緒だよ。
★職員さんと、入居者が一体となって過ごした時間は、本当に和やかで、笑ったり、失敗したり、ハクシュ、応援で、全体が揺れていた。パン取り競争では、パンをちぎる者もいたり、職員さんのパン食いは、パンの横棒を激しく動かして困らせたり、こんな日は楽しいです。
★最期は、「みんな、長生き、しようぜ」と、バンザイ、三唱と、お祈り「アヴェ・マリア」で終わった。昼食は、豪華なお弁当だった。参加賞のおみやげもあった。
★参加する私たちは楽だが、準備する職員さんたちのご苦労は大変な仕事になります。それでも企画・準備してくださって、ありがとう。
★今年は、改築工事もあって、食堂に皆さんが集まって、1時間半ほどの間、盛り上って楽しんだ。今年は緑の運動着は着なかった。
★正式に、「君が代」を歌い、国旗掲揚。工夫をこらした聖火入場。入居者代表の選手宣誓もちゃんとあった。
★職員さんと、入居者が一体となって過ごした時間は、本当に和やかで、笑ったり、失敗したり、ハクシュ、応援で、全体が揺れていた。パン取り競争では、パンをちぎる者もいたり、職員さんのパン食いは、パンの横棒を激しく動かして困らせたり、こんな日は楽しいです。
★最期は、「みんな、長生き、しようぜ」と、バンザイ、三唱と、お祈り「アヴェ・マリア」で終わった。昼食は、豪華なお弁当だった。参加賞のおみやげもあった。
★参加する私たちは楽だが、準備する職員さんたちのご苦労は大変な仕事になります。それでも企画・準備してくださって、ありがとう。
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