長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2013年3月7日木曜日
島原へ行ったら、具雑煮を食べる。悲しい食の物語。おいしい
2013年3月6日水曜日
島原城の展示室に、輝く金の十字架がある。価値ある遺品
2013年3月5日火曜日
島原のお城に出かけました。梅は、もう、オシマイだね
2013年3月4日月曜日
2013年3月3日日曜日
聖ヨゼフの月には、カシアノ修道士は忘れない。隠れた聖者
「3月は、聖ヨゼフの月。聖ヨゼフといえば、聖母の騎士のカシアノ・テティヒ修道士さんですね。もう1度、写真を見せて下さい」との願いがあった。炊事場で働くカシアノさんです。ポーランドで聖母の騎士に入会したときから、炊事場係りだった。コルベ神父さまを慕って、長崎へ来てからも、炊事場係り。亡くなるときも、炊事場のかかりだった。体が不具合だったが、修道者たちの夕べの料理を作って、その後、自室にこもって、ベッドへ横になり、聖ヨゼフに祈って、守られつつ、安らかに、本当に聖ヨゼフの如くに、神に召された。最後まで、炊事場のお勤めを果たして、務めを終わって、亡くなった。このような恵まれた死があるだろうか。カシアノ修道士さんから貰った手紙です。カシアノさんの信心、優しさ、熱心さ、生涯を貫く心、それらを忘れない。修道士カシアノさんの姿は、修道士の模範といえる。隠れた聖人、こんな人も居るんだな。人間には希望が持てる。
2013年3月2日土曜日
誕生日の夜はコウフンして、寝つきがよくない。目覚め、ダメ
昨日は、85歳の誕生日で、幾つもの感動がありました。①朝ミサのとき、「トマさんのため祈りましょう」と言われる。②昼は、知人のお宅で、バースデイ・ケイキで、お祝いがある。③夕食は、院で、キビナゴのサシミ、餃子、お寿司で、お祝いがあった。やれやれと、夜は、早めに自室で休んでいたら、めずらしく夜に電話がある。「大阪の、田川幸一です」「おお、幸一君、久しぶり。何年生?」「高1になります」「高校生か」「今度の春休みに、長崎に来ます」「え、え?長崎に来るの?それは良かった。待っているぞ」。④同姓同名の「田川幸一が来る」って聞いて、興奮は高まった。「どこへ案内しよう、口之津のイルカ・ウオッチングか、ハウステンボスか」と考えていたら、とうとう寝はぐれてしまった。事もあろうに、今朝は、30分も、寝過ごしてしまった。あわてて、支度をして、共同の祈りには、間に合った。★大阪の田川幸一君は、名前が同じの少年です。2006年のある日、お母さんがネットで調べていたら、修道士の名前に行き当たって、喜んだ。早速、家族で、訪ねて来たのが、2006年4月1日でした。右は、そのときの写真です。それ以来、交流が続いている。その年の夏には、大阪のお宅を訪問した。その後、幸一君は、2008年夏に単身で長崎へ来た。年月は早いもんだね。あれから中学生を終わって、高校生になったという。3月は楽しみが出来たぞ。今朝は聖コルベ館へ出ると、電話をかけて、旅のアドバイスをした。幸一と、幸一、また握手できるかな。
2013年3月1日金曜日
3月、3つのお知らせ。困難にも希望を持って祈りましょう

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