長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2012年12月13日木曜日
語っても、迷いが多い、コルベ神父の生き方、死に方に苦慮
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長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
この学校、私が以前勤めていた学校の姉妹校です。
返信削除なつかしい制服姿の皆さん、かわいいですね。
コルベ神父の生き方と死に方、私も最初に知ったのは、
高校生の時でした。
それが心のどこかに残っていて、十数年後子供を持って、
いろいろ苦しい経験もして、
自分の弱さと罪がわかった時に、
初めてコルベ神父のことが、わかり始め、
心で感じることができるようになったと思います。
この子たちも、いつか必ずそういう時が来るでしょう。
だから、コルベ館を訪れ、修道士さんのお話を聞くことで、
心に何かしらの痕跡を残すことは、意義深いです。
話した言葉やその内容でなく、それを話してくださった小崎様のその時の感情が若い人に伝わるのだとおもいます。
返信削除日曜学校の先生が話された言葉や内容は何一つ覚えていません。
でも、先生方の「信仰と共にいきるっていいですよ。私はそのなかで生きて幸せです。」という見えない、聞こえないメッセージは強烈に私の心にのこっています。
来年度も健康に相談して若い人へのメッセージよろしくおねがいします。
迷いながらも語り部をした、広島の1.5キロで被爆した祖母と同じ言葉です。2.7キロにいた母の沈黙、父登の迷い振り返り感じます。明るく登れるよう天使がつくこるべさんになれたのですね。最近ブログを見て数年前に娘といったゼノさんの服の展示思いだし友人が本を貸してくれたのです。トマさんありがとう勇気を
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