2019年1月7日月曜日

入院2日目

まだICUにおります。「イノチ」は神様の事です。お祈りください。

2019年1月6日日曜日

午前5時、救急車で緊急入院する。

総合病院のICUで治療中です。

2019年1月5日土曜日

初期の肺炎。病名が分かったので静かに自室にこもる

昨夜の診察で、お医者さんが言った。「初期の肺炎です」。左肺に10円だまほどの影が三角に見える。「放射線科の医師も、肺炎の兆しあり」とコメントがきている、と聞いた。病名が分かったので、今日は、終日、休んでおります。呼吸がキツイ。起きて、動くと、息切れがする。看護師さんが2度、朝と、夕方に来た。サンソが低い。88%しかない。ただ休んでいます。
★高原修道士が居なければ、トマは生きてはいけない。昨夜の高原修道士の活躍には驚いた。車を玄関に止めるや、急いで、車椅子を運んでくる。トマを乗せて、車はそのままにして、トマを2階の泌尿器科・受付へ。直ぐ、玄関へ走る。駐車場に車を入れる。受付へ走って戻った。次はトマを車椅子に乗せて、3階、中央検査部へ。血液を採ると、結果は待たないで、1階の放射線科へ。この道筋が又遠い。CTを撮って、泌尿器科・受付へ。
★1人残った看護師さんが、病院前の薬局へ連絡。院内には、人影は、まばら。お医者さんも最初から最後まで、診察室で待っていてくださった。診察が終わると、1階の玄関は閉まっている。横の細い廊下を、わかりにくい場所に「夜間支払い口」があった。丁度、壁の時計は6時だった。高原さんは紙を支払い口に置くと、直ぐ、駐車場から車を玄関に寄せた。又「支払い口」へ。診療費は、原爆手帳のため無料だった。車椅子のトマを玄関の車へ押し込んだ。急いで車椅子を返しに走った。病院を出た直ぐの薬局で、薬をもらって、車は夜の街を走った。高原なくして、トマは生きられない。実感した夜だった。

2019年1月4日金曜日

大変な、1日だった。緊急、総合病院へ

午後3時、高原修道士の運転で、総合病院へ。大きな病院なので、診療は終わっていたが、ホームからの連絡で、お医者さんは親切にも、待っていて、対応してくださった。尿の量が少なめなのが心配のきっかけだった。尿検査、血液検査、胸部と腹部のCTを撮った。結果を待つ間、高原修道士が、寒くないよう、自分の毛糸やマフラーをまいてくれる。レントゲンから泌尿器科外来へ戻ったとき、尿が、普通に、スーッと、出た。「ああ、これで、よかった」と安心する。
★お医者さんから、呼ばれた。患者は誰も居ない。血液検査の腎機能に変化はない。CTの写真を説明してくれる。腎臓に変化はない。ただ胸部、左肺に、肺炎がみられた。「クスリを飲んで、来週、また診察しましょう」
★もう夜は遅い。ホームに迷惑をかけるので、コンビニで、オニギリを買おう。「いや、待てよ。オニギリじゃなくて、アンパンがいいね」。2人は暗い車の中で、大笑いした。ホームに携帯をかけると、「夕食に、親子ドン、温かくして取っているよ」の返事。コンビニに寄らずにホームへ戻った。看護師さんは心配して待っていた。
★ホームに着いたのは、7時過ぎだった。入院か、と内心、思っていた。無事に帰れて安心し、感謝の祈りを捧げて、ゆっくり休みます。

2019年1月3日木曜日

熱が上がったり、下がったり、苦しいです。静かにしている

元日の、湯江教会の祭壇の生け花です。元日に、新年のミサで祈りましたが、2日、3日とお休みしています。今朝は、自室のベッドに寝たまま、瀧神父さんから御聖体を拝領しました。
★気持ちが乗らないのは、苦しいですね。昨日は、日記を書いた後から、背中に寒さが来て、夕食を食べる気がしなかった。大きなアズキ色のマメの煮物でした。好物だから一気に食べた。キュウリの酢の物も、リンゴも食べる。メインのサケ魚は残した。
★夜になって、熱が7度7分に上がる。夜勤の職員が心配して、7時半と、9時と、11時に検温に来る。ツイに、8度に上がった。発熱の状態がつづいているので、気力が出ない。今朝、来た瀧神父さんにも言った。「イノチは、神さまのことです」
★今朝は、午前中は、気分的にも回復の兆しがみえて、熱も、6度6分、8分になっている。午後、夕方、夜にどうなるか。とにかく自室で静かにしています。ステント入れ換えの後のダメージが酷(ひど)かった。

2019年1月2日水曜日

正月2日目は、休養しています。調子が出ない。静かに休みます

山口雅稔(まさとし)院長神父さん(右・長崎聖母の騎士)が見舞いに来られる。真ん中の自分が小さく見える。隣は金子修練者。励ましてくださった。ありがとう。
★昨夜の夕食後から、からだが不具合になった。早めに休んだ。夜勤の女子職員さんが見回りにきたとき、熱が7度7分あった。夜中はよく眠ったが、2度、寝汗が出て、肌着を取り替えた。大量な洗濯物がたまった。正月2日目なのに、洗濯の担当職員さんは出勤していて、特別に、大量の洗濯物を昼頃までには仕上げて、自室まで持ってきてくれた。
★今朝も、瀧神父さんが御聖体と共に来てくださる。熱は6度代に下がったが、用心して、朝食も、昼食も、職員さんから自室へ運んでもらった。
★今年は、年賀状を1枚も書かない、出さなかった。初めてでした。戴いた人には申し訳ない。今は静かに、自室で休養しております。

2019年1月1日火曜日

新年おめでとう。この日、ホームで、いかに過ごしたか。恵み一杯

新年おめでとうございます。「賀正」に、絵手紙で描いた絵を使いました。
★今朝、ホームからは初日の出は撮れなかった。有明海、雲仙岳に厚い雲層がかかり、残念でした。
★朝食に、お赤飯と、数の子が出た。数の子が好物です。北朝鮮に居た子供の頃、現地には、大きな数の子があった。良く食べた物です。数の子は味付けが難しい。ホームの味はイマイチでした。やっぱり母の味が懐かしい。
★10時から、ホームの礼拝の日です。湯江教会の信徒も一緒です。大勢の信徒が、湯江教会に集り、新年に感謝の祈りを捧げました。「神の母聖マリア」の祭日でもある。教会に入る前に、ホームの戸の所で、写真を撮ってもらった。これは私の恒例です。何とか、元気で正月を迎える恵みを得ました。「いのち」は、神さまのことです。
★絵のイノシシも、「フッ」と、一息、ついているじゃありませんか。一息、十歩。前に進もう。これまでマリアさまから守って戴いた。これからもお守り下さるでしょう。信頼して、希望を持っての十歩です。
★11時30分に、ホームの全員、利用者、職員、皆さんが一緒に集って、恒例の「新年会」があた。壁に国旗を張り付け、国歌斉唱、小学唱歌「としの初めの」を全員で歌った。今年は「平成」が変わり、「別の元号」になる。「昭和は、遠くに、なりにけり」ですよ。そうなると、ホームに利用者、職員が100人ほど居る。「大正、生まれは、何人か?」と興味が湧いた。こっそり栄養師さんに聞くと、「14人、だよ」。まだ、まだ、ホームは大正も遠くはない。ちなみに最高齢は大正8年生まれの女性、100歳になる。
★一応、歌が終わると、お屠蘇(とそ)になる。園長神父さんと職員が手分けして回って、1人1人に盃からお屠蘇を飲ませた。その後、食事が配られる。もちろん「お雑煮」だね。園長神父さんが「食前の祈り・アヴェ・マリア」を唱えて、カンパイし、食べ始めた。先ずお刺身を食べ、黒豆、かに爪、栗きんとん、そしてお雑煮を食べた。お雑煮はお替り。後で「カステラ」も配った。カマボコ半分と、お煮しめを残した。
★新年を迎えて、皆さん、喜んでいます。歳を重ねると、老人の顔は美しくなる。瀧神父さんもお屠蘇を戴いた。瀧神父さんは、88歳、米寿を迎えます。皆さん、お祝いしてあげてください。瀧神父さんはお元気です。