2016年1月28日木曜日

書くことがない毎日です。それでも自分に価値はある

昼食のとき、ガラス戸越に、ふと、庭に目を移すと、足が、細く、長いサギが、1羽、ジーッと立っている。しばらく見つめていると、池に近づいていく。池には、小フナがいる。この寒さで、動かず、どこかに隠れているだろう。それでもサギは、広い空の上から舞いながら、ここに小フナがいることを知っている。どうしてだろう?ふしぎにさえ思う。雪や寒さで、エサもないから、サギも必死だろう。いつもエサを与えている女性が、黙ってガラス戸をあけて、庭を小走りして、サギへ近づいた。サギは大きな羽を広げて、屋根へと逃れた。しばらく様子をみて、また降りてきた。
★最近は思う。毎日、同じような生活なので、刺激もなく、変わった出来事も起こらない。自分では懸命に生きているつもりだが、平凡な生活の連続では、日記を書くことを、ためらうこともある。その時は、書くのは、人のためではなく、自分の老いを超えるためだとも思い直している。「いのちが、あるだけ、かんしゃ、です」。その気持ちが根底にあるのを感じます。
★あと1ヶ月あまり、3月1日は誕生日で、88になる。この日までは書き続けよう、書き続けたい、そう思う今日でした。

2016年1月27日水曜日

庶民のなかに信心は支えられている。信仰のチカラ

写真は、今時の「長崎・ミカン」です。おいしい味に慰められる。
★水曜日は、朝、9時半に、整骨院の車が迎えにくる。いつも一緒に風呂に入り、背中を流してくれる90歳が、「自分も連れて行ってほしい。痛むところがある」という。4人が車に乗った。整骨院へ着くと、待合室で、しばらく待たされる。先に、90歳が名前を呼ばれて、ジャンバーを脱いだとき、ポケットから出した右手に、「ロザリオ」が見えた。ちらっと見たが、「あ、あ」と、心に深く残った。
★午後のロザリオのとき、もちろん90歳も来て祈っている。終わってから、聞いた。すると彼はロザリオを出して見せて、「いつもポケットに入れて、唱えているよ。忘れたことは、なか(ない)」「いつから?」「ホームに来てから、その前も・・・」。ホームでは、常にこの気持ちで生活している。出身は、長崎の五島。県外で働いていたが、奥さんを昨年、亡くしてから、余生は信心の日々で暮らしている。部屋には、奥さんの写真。根っからの信者の雰囲気がする。さすがに長崎・五島の信者だ。目立たないところで、信徒は熱心に神に祈っている。信仰なしでは生きられない。こういう庶民のなかに、信仰は支えられているのを感じる。

2016年1月26日火曜日

遠い宣教師の思いは、いまも忘れない。今を生きる恵み

今週の湯江教会・祭壇の生け花です。
★朝ミサで祈りました。聖福音は、主が、弟子たち、72人を選び、宣教に派遣するところが、読まれました。「この家に平安あれ」と言いなさい。「愛と平和をもたらす宣教者」です。
★遠い北朝鮮の、子どもの頃を思い出した。この町には最初は、教会も司祭も居なくて、カトリックはわたしの家が一軒だけ。それでも宣教師は見捨てなかった。年に1、2回、南の方の修道院から列車に乗って、ドイツ人の神父さんが泊り込みで来られて、カトリックの教えをつないでくれた。神父さんのご苦労が、いま、わかる。宣教師はどの地方にも入っていく。あれから80年近く経っても忘れない。生まれた時もカトリック。いまも、カトリック。人生をつないできた信仰は、自分の背中になっている。しかし人生を振り返れば、破壊された原爆。結核の苦しみ。自由を奪われた強制収容所。愛を貫いたコルベ神父。いろいろあった。
★人間とは、何だろう?。神さまから出て、神さまに帰っていく存在である。いのちの存在を与えられた自分は、弱点があり、汚れもあり、罪もある。神の恵みで聖化されなければ、神へは戻れない。「きょう、あるのは、神の恵みに、よる」(コリント一・15)

2016年1月25日月曜日

きのうの積雪は、過去110年で最高。17cmでした

一夜、明けて、降る雪もおさまった。長崎版の新聞には、デカデカと、「長崎市・積雪17cm・過去110年で最高」と載っていた。北海道や、秋田の皆さんからは、考えられぬ積雪だと思う。
★きょう、午後からの風景です。きのうの写真と比べてみてください。長崎では、生活を揺るがす出来事です。
★夜、7時少し前に、いつも職員が各部屋に声をかけて回ります。昨夜は、職員が言いました。「あしたは、教会へ行かないでください。道が凍って、すべると危険です」。何よりも老人はすべって、転んで、骨折や打ちキズになるのが、怖いです。それでも「行こうか」と心では思いましたが、万一のことを考え、職員さんに従って、休みました。
★雪が、こんなに降ると、寒さを思い、生まれ、育った北朝鮮の、あの厳しい冬の寒さを思い出します。冬になると、手が凍傷(しもやけ)にかかって、ただれるのです。並みの寒さじゃなかった。零下20度ぐらいまで下がった。今の寒さは、北極圏から、シベリアの寒さが、日本列島へ下がってきているとテレビでは解説している。北朝鮮の庶民たちが、どんな寒さの生活を強いられているのか、思うだけでも、心が痛みます。北朝鮮には、カトリック教会も、信者たちも居た。かわいそうで、ならない。

2016年1月24日日曜日

長崎に、珍しく、雪がつもった。ころばないように、注意

全国的に、寒波が襲う。長崎では珍しい雪。朝から降り出した雪は、またたくまに、真っ白にした。昼食のとき、ガラス戸越しに撮った景色です。雪が、ふぶいていました。
★老人にとって一番危ないのは、「転倒」。ころばないように、用心してください、と言われる。実際、その例が、度々起こる。骨折などあると、大変です。
★ホームは坂道の高台にあるので、職員さんたちの出勤の妨げになった。「歩いて来ました」。そんな声を聞いた。「ご苦労さま」
★一週間が経つのが早い。日曜日。キリスト教一致の週間だが、お説教は「一致」についての内容だった。

2016年1月23日土曜日

励ましてくれる人の存在が、この日記を支えている

きのう、喜びのシスターのことを書いたら、1つのコメントが入っていた。「感激と感謝に涙した」。書いた女性は、KoKoさん。アメリカ・テキサス在住の洽子さんからです。
★洽子さん、聖コルベ館でお会いしたときの写真を載せました。エスペランサさんも同行していた。いろんな思い出が湧いてきます。お元気で居て下さい。2年後、修道士が、ホームに居るなんて、思いもしませんでした。過激な環境の変化です。人生には、なにが起こるかわからない。これも神さまがお望みになった御旨だったのでしょう。受け止めています。洽子さんは、ホームにも見舞いに来てくださった。励ましてくださる人の支えが、この日記を書かせている。元気にしていますから、安心してください。
★午前中は、整骨院へ行った。車が出迎え、ホームから、4人がいっしょだった。マッサージ師が違っていたので、受ける手の感触が異様にことなっていた。

2016年1月22日金曜日

おめでとうのシスター。ニコニコ顔が輝いているよ

ホームの隣の湯江カトリック教会に、朝ミサに、このところ数日、1人のシスターがお祈りに来ている。この1月に、無期誓願を立てた。お祝いの後で、しばらくの休暇をもらって、湯江の実家に帰っている。写真のお隣は、お父さん。ホームの事務長さんを、35年勤めている。
★嬉しそうなニコニコ・シスターが、数日前、教会に姿を現したとき、挨拶で、「幼い頃から、ホームに遊びに来ていて、皆さんの信仰のお陰を受けながら、育ちました」という意味を語った。きょうは、修道院へ戻る日と聞いたので、写真に撮った。
★神さまは、ひそかな声で呼んでいる。中学校へ上がるときに、シスターになると、家を出た。シスターの志願者となって、勉学やお祈り、実習など、約10年はかかる。修練を経て、有期の誓願を立てる。シスターとしての奉献生活が始まるのだ。無期誓願まで漕ぎ着けたから、よかったですね。それで聞きました。
★「いま、こころに浮かぶ、なにか、目標のような言葉がありますか」
★シスターは答えた。「お母さんからの教えで、『煉獄の霊魂のために祈りなさい』」。それを聞いたとき、まさか煉獄が出てくるとは・・・長崎の地元に根付いた信仰を感じて嬉しかった。
★「それと、わたし、(霊名)コルベなんです。コルベ神父さまの『白いカンムリ』、『赤いカンムリ』。憧れますよ。『赤い(殉教)』は、どうかと思いますが、修道生活にも日々、殉教はある気はします」
★ニコニコ残して、シスターは去った。この家族、シスターのお姉さんも、シスター。神さまの計らいは、限りなく働かれる。
★湯江教会は、小さな世帯の小教区ですが、シスターが2人も居るのは、誇りでもあり、お祈りをもって心身と霊性を助けてあげなければと、思う。