「チカラづよく、生きぬいた、と、言われるジンセイ」。そして、祈りのこもったステンド・グラス。写真を写した時を見ると、2011年4月と読めた。5年ほど前になる。
★「カッコウ、いいことを、書いていたな」と、今は思います。
★数年後に、今のホーム生活になろうとは・・・夢にも考えが及ばなかった。長いジンセイで、なにが起こるやは、わかりません。その壁をチカラ強く乗り越えよ、というのが、この言葉でしょう。今を、恨むな。
★この歳になっても、ホームに居ても、「自分らしく、生き切りたい」、その思いは、底辺では、変えたくありません。この道を生きます。この信仰に生き抜くチカラを求めます。
★ホームに居て、身体の不自由な人たちの現実の姿を見れば、まだまだ自分は幸せと思います。感謝して、きょうの日の夕暮れを迎えたい。
長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2016年1月14日木曜日
2016年1月13日水曜日
明るさ、ふるまう、シスター。イヤね、もう還暦だよ
長年、ホームに勤務していたシスターが、足の関節を痛めて、手術した。それを、きっかけに、ホームを退職して、修道会へ戻っていた。元気を取り戻して、週に、2、3回、ホームに姿を見せては、入居者や、職員に励ましの言葉をかけている。
★シスターの姿を見るだけで、こころが安らぐ。きょうは、ロザリオの先唱をしてくれた。「シスター、シャシンば、1枚とらせて・・・」「なんば、すっとね」「ブログに載せたかとよ」「マリアさまのところで写して・・・」「ここが、いい」。マリア像の足元には、かっての園長神父さん、初田神父さんと坂谷神父さんの写真もあった。
★「シスター、好きな言葉は、何んやったか、な」「そうね。『主と共に』」「ああ、そうやった、ね」。上五島出身、26歳で、この道に入る。主に呼ばれたのだ。「1月14日が誕生日。60歳、還暦だよ」「もう、すぐじゃないか。おめでとう」。まだ、まだ頑張れる。健康に気をつけて、愛と信頼で、働いてください。
★シスターの姿を見るだけで、こころが安らぐ。きょうは、ロザリオの先唱をしてくれた。「シスター、シャシンば、1枚とらせて・・・」「なんば、すっとね」「ブログに載せたかとよ」「マリアさまのところで写して・・・」「ここが、いい」。マリア像の足元には、かっての園長神父さん、初田神父さんと坂谷神父さんの写真もあった。
★「シスター、好きな言葉は、何んやったか、な」「そうね。『主と共に』」「ああ、そうやった、ね」。上五島出身、26歳で、この道に入る。主に呼ばれたのだ。「1月14日が誕生日。60歳、還暦だよ」「もう、すぐじゃないか。おめでとう」。まだ、まだ頑張れる。健康に気をつけて、愛と信頼で、働いてください。
2016年1月12日火曜日
1日、1日、平穏・無事に過ごすのが、幸せです
湯江カトリック教会の、今週の祭壇の生け花です。
★新聞で、「おひとりさま」の活字を見ました。「病気になっても、ガンになっても、おひとりさまで入院し、病気に耐えている。そういう孤独の生き方が、めずらすくなくなった」と書いてあった。「そうなんだ。かわいそうに・・・」と、つい思った。その記事の最後に、「こうなったのは、自分のせいでもない。誰のせいでもない。『これは自分が歩んできた道なんだ』と受け止める。そして今は、こう思う。「最後まで、自分らしく生き切るんだ」
★午前中に、入浴した。いつも90歳の男性と一緒に入ることに決めている。1人では、風呂に入らない。やっぱり90歳が背中を流してくれる。背中に温かいものを感じる。
★午後から、ショッピングといって、小型バスで、10人ほどが買い物に出かけた。仲間の1人になって、数点の品々をカゴに入れた。ホームに帰ると、すぐ教会へ向かった。ロザリオは園長神父さんが先唱をして、すでに始まっていた。いっしょになって、祈った。
★「おひとりさま」には、なりたくないが、「自分らしく、生き抜く」のは共感する。1日、1日、平穏、無事に過ごせるのが、幸せだ。
★もう、お正月も終わりか。きのうは、ホームでも、ちゃんと、「餅入りの、ぜんざい」が出た。
★新聞で、「おひとりさま」の活字を見ました。「病気になっても、ガンになっても、おひとりさまで入院し、病気に耐えている。そういう孤独の生き方が、めずらすくなくなった」と書いてあった。「そうなんだ。かわいそうに・・・」と、つい思った。その記事の最後に、「こうなったのは、自分のせいでもない。誰のせいでもない。『これは自分が歩んできた道なんだ』と受け止める。そして今は、こう思う。「最後まで、自分らしく生き切るんだ」
★午前中に、入浴した。いつも90歳の男性と一緒に入ることに決めている。1人では、風呂に入らない。やっぱり90歳が背中を流してくれる。背中に温かいものを感じる。
★午後から、ショッピングといって、小型バスで、10人ほどが買い物に出かけた。仲間の1人になって、数点の品々をカゴに入れた。ホームに帰ると、すぐ教会へ向かった。ロザリオは園長神父さんが先唱をして、すでに始まっていた。いっしょになって、祈った。
★「おひとりさま」には、なりたくないが、「自分らしく、生き抜く」のは共感する。1日、1日、平穏、無事に過ごせるのが、幸せだ。
★もう、お正月も終わりか。きのうは、ホームでも、ちゃんと、「餅入りの、ぜんざい」が出た。
2016年1月11日月曜日
聖コルベ館にお勤め、お手伝いの2人が面会にきた
長崎の白浜さんが、2人のお客を連れて来た。聖コルベ記念館に勤める、お2人です。左の女性は、中村さん。右は、韓国人の青年、金さん。聖コルベ館には、聖コルベを慕って、多くの巡礼者が訪問している。「お仕事は、大変、意義のあるお勤めです」と、懐かしんだ。
★金さんは、韓国の大学で、日本語学科を学んで、長崎の大学でも学び、さらに大学院で、勉強をしている。研究の内容は、韓国人の日本に於ける殉教者、キリシタンです。
★韓国にも殉教者は居り、その研究者は多く居るが、日本で殉教した韓国人の殉教者は、まだ未研究だという。その意味で、キリシタン関係の本には特に興味がある。
★金さんの訪問で嬉しかったことは、聖コルベ館に収集したキリシタンの本の数々を、興味をもって高く評価してくれたことだった。ガラスの戸棚に集めておいたが、「それらは貴重な資料になる」と、韓国人の青年から誉められ、注目を惹かれるとは、思いもしなかった。「わかる者には、わかるんだ」と慰めを得た。金さんには、エールを送りたい。そして中村さん、聖コルベ館のお世話をお願いします。白浜さん、ありがとう。
★金さんは、韓国の大学で、日本語学科を学んで、長崎の大学でも学び、さらに大学院で、勉強をしている。研究の内容は、韓国人の日本に於ける殉教者、キリシタンです。
★韓国にも殉教者は居り、その研究者は多く居るが、日本で殉教した韓国人の殉教者は、まだ未研究だという。その意味で、キリシタン関係の本には特に興味がある。
★金さんの訪問で嬉しかったことは、聖コルベ館に収集したキリシタンの本の数々を、興味をもって高く評価してくれたことだった。ガラスの戸棚に集めておいたが、「それらは貴重な資料になる」と、韓国人の青年から誉められ、注目を惹かれるとは、思いもしなかった。「わかる者には、わかるんだ」と慰めを得た。金さんには、エールを送りたい。そして中村さん、聖コルベ館のお世話をお願いします。白浜さん、ありがとう。
2016年1月10日日曜日
映画館で「母と暮せば」。吉永小百合主演映画を見る
ひさしぶりに、長崎市の映画館へ、『母と暮せば』を見に行く。ホームから、8人が同行した。主演は、吉永小百合。山田洋次監督の作品だった。
★二宮和也が演じる医学生が、原爆で、被爆死する。原爆が落ちて、3年目あたりの設定で、医学生が、あの世から姿を現しては、物語が展開する。最後は、演じる小百合も亡くなる。その葬儀が行なわれたのが、黒崎カトリック教会の中であった。亡くなった2人が出会うのだから、教会の内部も、一般の撮影でなく、違った雰囲気の教会内になっていた。
★わたしも原爆を直接に被爆したが、3年目の頃は何をしていたのだろうか。家に住むことなく、神学校で学んでいた。生き残った者にとって、特に被爆死した家族は忘れ切れない。ほんとうに、被爆の廃墟のなかに、戻ってくるような感じで生きていたのは確かです。映画で、息子が死んで、母が残ったが、わたしの場合、息子が生き残って、母親が亡くなった。しかも全くの行方不明で、遺体も捜し当てなかった。
★『母と暮せば』、母も生き残って、母と暮らすことが出来れば、わたしの人生も変わっていたに違いない。カトリックの家庭祭壇や、祈り、ミサの賛美歌などが映像に出てくるカトリック的な作品に思えた。一たび、イノチが与えられれば、魂は消えることはない。違和感を感じることなく、すんなりと見れる作品であった。
★二宮和也が演じる医学生が、原爆で、被爆死する。原爆が落ちて、3年目あたりの設定で、医学生が、あの世から姿を現しては、物語が展開する。最後は、演じる小百合も亡くなる。その葬儀が行なわれたのが、黒崎カトリック教会の中であった。亡くなった2人が出会うのだから、教会の内部も、一般の撮影でなく、違った雰囲気の教会内になっていた。
★わたしも原爆を直接に被爆したが、3年目の頃は何をしていたのだろうか。家に住むことなく、神学校で学んでいた。生き残った者にとって、特に被爆死した家族は忘れ切れない。ほんとうに、被爆の廃墟のなかに、戻ってくるような感じで生きていたのは確かです。映画で、息子が死んで、母が残ったが、わたしの場合、息子が生き残って、母親が亡くなった。しかも全くの行方不明で、遺体も捜し当てなかった。
★『母と暮せば』、母も生き残って、母と暮らすことが出来れば、わたしの人生も変わっていたに違いない。カトリックの家庭祭壇や、祈り、ミサの賛美歌などが映像に出てくるカトリック的な作品に思えた。一たび、イノチが与えられれば、魂は消えることはない。違和感を感じることなく、すんなりと見れる作品であった。
2016年1月9日土曜日
出たーッ。新年会と誕生会。賑やかに盛り上がる
★誕生会をお祝いしたのは、9人でした。98歳の女子も、お花と、プレゼントを貰ったかな。新年会だもの、獅子舞も、例年通り、やってきて、みんなを湧かせた。大きなお口を開いて、アタマを噛んでくれる。「ボケないように、ね」。もっと、カメ。もっと、カメ。
★料理は、自分の望みで、3種類に分かれた。長崎和牛のすき焼き。豚のすき焼き。サカナの鍋料理。「どれがお望みか、決めてください」。牛肉のすき焼き組に入った。食べた後は、のど自慢で、古い歌で、盛り上った。恒例だよ。「平和で、長生きできるのが、願いです」
2016年1月8日金曜日
テレビで、日本26聖人・映画の片鱗が紹介される
いつぞや、新聞のテレビ番組で、「滝川クリスタルがせまる長崎教会群・秘められた真実」と見つけたが、長崎辺りでは、教会群のことは度々出ているので、いつものことかと、見過ごしてしまった。
★すると、クリスマス頃の日記のコメントに、「テレビで、日本26聖人の映画が出て、弁士をなさった小崎さんが紹介されていました。小崎さんの弁士のお声が聞けて、嬉しい思いを致しました」と教えてくれたマリアさんがいた。それを知って、「ああ、残念・・・」と悔しがった。見損なったことを非常に残念に思った。
★ぜひ、見たい。思っていたところ、東京の裕子さんが録画していて、その番組のDVDを送ってくれた。興味をもって見ました。「滝川クリステルがせまる長崎教会群・秘められた真実」の、番組の最初のところに出てくる。
★次のようなナレーションが流れる。「昭和初期、・・・1本の映画が公開されていました。・・・26聖人は、秀吉の命令によって、長崎で磔(はりつけ)の刑に処せられた宣教師と、日本人カトリック信者の無声映画に、長崎県在住の修道士、小崎登明さんが自ら音声をつけた映像が残っていました」と、数カットの映画と、弁士の声が入っていた。「ああ、よかった」
★もちろん、ほんの僅かな、分秒の画像でしたが、はっきりと、名前まで紹介されて、光栄に思い、嬉しいでした。解説されて、製作者の平山政十さんも神の国で喜んでいるだろうと思った。
★きょう、テレビ会社から、正式に、お礼状と、DVDが届いた。そういえば会社の男性が訪ねてきたことがある。全く、気にしていない出来事だった。「しかし、よかったよ」。一見落着というところか。
★すると、クリスマス頃の日記のコメントに、「テレビで、日本26聖人の映画が出て、弁士をなさった小崎さんが紹介されていました。小崎さんの弁士のお声が聞けて、嬉しい思いを致しました」と教えてくれたマリアさんがいた。それを知って、「ああ、残念・・・」と悔しがった。見損なったことを非常に残念に思った。
★ぜひ、見たい。思っていたところ、東京の裕子さんが録画していて、その番組のDVDを送ってくれた。興味をもって見ました。「滝川クリステルがせまる長崎教会群・秘められた真実」の、番組の最初のところに出てくる。
★次のようなナレーションが流れる。「昭和初期、・・・1本の映画が公開されていました。・・・26聖人は、秀吉の命令によって、長崎で磔(はりつけ)の刑に処せられた宣教師と、日本人カトリック信者の無声映画に、長崎県在住の修道士、小崎登明さんが自ら音声をつけた映像が残っていました」と、数カットの映画と、弁士の声が入っていた。「ああ、よかった」
★もちろん、ほんの僅かな、分秒の画像でしたが、はっきりと、名前まで紹介されて、光栄に思い、嬉しいでした。解説されて、製作者の平山政十さんも神の国で喜んでいるだろうと思った。
★きょう、テレビ会社から、正式に、お礼状と、DVDが届いた。そういえば会社の男性が訪ねてきたことがある。全く、気にしていない出来事だった。「しかし、よかったよ」。一見落着というところか。
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