2016年1月7日木曜日

「平和」は、誰にとっても、願い。身近な場所にも、ヘイワ

正月といえば、書初めでしょう。今年最初の書道教室があった。先生が、1字がいいでしょうと、「遊」を崩した字や、「寿」を手本に書いてくださった。何か、年始らしいものが、いい。そのうち、「平和」と書いた字があった。これが、いい。平和であることは、今の世の人の願いです。書いた「平和」を自室に飾りました。
★体重測定や、血圧検査があった。ホームでは、各人の健康に気を配っている。半日をかけて、長崎のクリニックまで定期の診察に出かけた。医院へ行くのは、やはり気が重い。
★七草粥(ななくさ・がゆ)の日、夕食に出るらしい。メニュー表に記されていた。こんな季節ものも、楽しみです。静かで、平和な日々がつづく。

2016年1月6日水曜日

笑った。目隠しをした。サイコロもふって、皆をわかせた

「皆さん、集まってね。新年のお遊び会だよ」。ニンゲン・スゴロクだよ。昔は、スゴロクの遊びを正月には、やったものだよ。お年寄りたちには、それぞれ思い出もある。若手・職員さんの2人、何じゃ、それは・・・。左の派手な衣装の女性は、賑やかに、踊ったり、はねたり。当然、笑いもおこる。左の男性職員さんは、アタマに正月のお供え餅、下は、どうなっているの?おサルさんかな。お尻をまくって、みんなを大笑いさせた。手前の方に、みんなは集まった。1人、1人、軽いサイコロをふって、その数だけ、2人が移動した。正面、左に見えるのは、手ぬぐいで目隠しをして、お福さんの輪郭に、目や、口や、眉毛を入れる。「ハイ、次は、あなたに・・・」と目隠しされた。幸いといっては何だが、手ぬぐいの下の方が、少しばかり、あいていた。それで、上手に、まゆげを付けた。「何も言わずに、ごまかしたままに、していたのは、ゴメン」。★人生は、じょうずに、スキマから、切り抜けるのが、たいせつだ。

2016年1月5日火曜日

まだ、こんな太陽はあがらない。正月は天候が霧状態

今年の正月は、朝から、霧がかかったような状態がつづいている。初日の出も見られなかった。この朝日は、元旦・前日の朝の日の出です。自室のガラス戸から見えた。何度も写した光景だが、やっぱり正月には気になる。
★長崎から、2人の女性が面会に見えた。「暮らしは、どうしているのか、心配している」。温かい気づかいが嬉しい。入所当時は、心が閉鎖的で、応接室で面会していたが、今頃は、心も開かれて、自室で、ありのままの生活ぶりを見ていただいている。
★「こんなに狭い部屋です」「ゆっくりとした生活です」「隣に教会があるので、行って祈れば、こころ安らぐ暮らしです」
★書いてきたことは、人と人との、ふしぎな縁(えにし)だった。それを意識している。めぐり合わせがあって、人は幸せになる。幸せを見つける。そこに、ふしぎな、おもしろさ、喜びがある。
★最近は、人に頼むことが多くなった。それでも気持ちは、朝日のように、晴れ晴れしたいです。きょう、この頃の願いです。

2016年1月4日月曜日

人は成長する。思い出は、心を温める。今を生きる

枚数は、わずかな年賀状であったが、手書きの励ましの言葉も幾つかあって、慰めを受けた。その中の一枚に、洸太くんの「お元気ですか」があった。
★写真が、洸太くんです。年賀状の字は、宛名も、一字、一字、しっかりとして書いてある。「あの洸太は、幾つになったのだろうか」と、出会いの思い出が、アタマをよぎる。聖コルベ館に訪ねてきた洸太くんと一緒に写した写真だ。幸いに、パソコンに残っていた。洸太くんは、何年生になったかな?愉快な、元気な男の子だった。ついつい、つられて、いい気になって、ピースの表情だよ。2012年8月15日とある。あれから3年数ヶ月になる。忘れないで、年賀状をくれたのが嬉しかった。
★人の喜びとは、こんな小さな出来事にも大きな感動を与えるものだ。字もしっかりと書いているので、大きく成長したことだろう。子どもの成長は楽しい。元気で頑張ってほしいと、手紙で返事を書いた。この写真と、元旦、ブログの写真を入れて送った。洸太くんは、喜んでくれるだろう。
★そのほか、年賀状に書かれていた言葉の幾つかを紹介しよう。
「一日だけで、いいので、コルベ館のトマさんが見たいです」
「老いの重荷は、神の賜物。トマさん、あと六十日で、米寿ですね。おめでとう。ブログ何時も拝見しています。お元気でいて下さい」
「聖コルベ館で、二十六聖人の映画を拝見し、トマさんとお話をした台湾出身の女性です」
修学旅行引率の先生から「ブラザー小崎のお話を、いつも思い出しております」
★見守ってくださる皆さん、ありがとう。また新しい年まで生かされて、感謝だけです。思い出は、心を温めております。

2016年1月3日日曜日

笑いがあれば、いい。ホームの良さは、人のつながり

園長神父さんにはお世話になっています。このホームは、代々、神父さんが園長を勤めてきた。最初の園長神父さんも、働いて、大工の作業にも精を出して、歳をとると、ホームのお世話になって、亡くなった。
★「わたしも、歳をとれば、ここにお世話になるとたい」と神父さんは微笑む。豪華な、設備の整った介護施設の有料ホームはあるかも知れないが、要は、介護してくださる職員と、介護される入居者の、人と、人との交わりだと思います。家族の心があればいい。
★車椅子の人でも、シャンとして、オーラのある入居者も居るんですね。ああゆう歳の取りかたをしたいと、憧れますよ。生きる手本になります。それぞれが過去の人生を背負って生きている。
★正月も、きょうで、3日になる。ホームでは平和で静かな正月でした。午前中は、入浴した。やっぱり、90歳の男性が、黙って背中を洗ってくれた。黙って、洗ってもらった。安らかに余生を暮らしている。あわてない。さわがない。

2016年1月2日土曜日

今年もお世話になります。若い人たちの介護が必要です


新しい年を迎えて、ホームの入居者と、お世話してくださる職員さんたちとが向かい合って、新年、最初の顔合わせがありました。お世話になっています。助けを頂いて、感謝しかありません。どんな人でも歳をとれば、からだが不自由になる。長生きすれば、するほど、苦労も多くなります。入居するときは、まだ元気で、自分で歩けるし、買い物にも行ける。散歩にも、一人でホームの周辺を楽しめた人が、年々、歳を重ねるうちに、体力も落ちてくる。歳には、とうてい勝てません。
★いつも思うのですが、修道者は、修道院で同じ仲間の皆さんと共同体で、一緒に祈り、食事をして、暮らすのが普通であり、幸せです。それが突然、急に、ホームの一人の生活を強いられて、最初はとまどいがあった。だから昨年の正月は、心が閉ざされた気持ちでした。二年目の正月を迎えて、気持ちにも変化が起こりました。
★年賀状のなかに、「今年は聖コルベが殉教して、75年目になる。聖コルベのことを、もっと知りたい」と殊勝な気持ちが書いてあった。1941年8月14日が殉教日です。

2016年1月1日金曜日

2016年・平成28年・元日・新年明けましておめでとう

★朝、ミサのときは、修道服を着ることにしました。今朝は、いつものように5時に起きる。修道服を着て、隣の教会へ。5時40分から修道者と共に、教会の祈りの「朝の祈り」。きょうは、神の母・聖マリアの祭日でもある。マリアさまの慈愛によって、新年を迎える。6時から、ミサ。お説教は、いつくしみ、慈悲についてであった。朝食に、黒豆、数の子、が出た。
★一息ついて、10時からホームの皆さんのために、ミサがあった。車椅子の入居者もいる。湯江教会の信徒たちも一緒だった。里帰りした若者が多く居て、賑やかだった。ミサの後で撮った写真が、これです。「謹賀新年」。良い年になりますように、願いをこめて未来を見つめている。あと、二ヶ月で、八十八歳。米寿だよ。
★昼食は、新年のお祝いとなった。正面、舞台には国旗、日の丸が掲げられ、「君が代」を歌い、昔からの「正月の歌」を皆で唄った。職員さんと、入居者の新年の挨拶があり、カンパイもあった。昼には、お雑煮と、見事なタイのサカナ一匹も出ました。「国によっては、食べ物に不自由をして、貧困にあえいでいる人も多く居るので、その人たちの幸せも考えて、いただきましょう」の声もあった。
★年賀状は、25枚、届いた。うち、登明の名が、13枚。田川が、12枚あった。もちろん、聖コルベ館に居たときより、枚数は減少した。「ジンセイは、オムツで始まり、オムツで終わる」。それまでは慈愛に満ちた心情で、生き抜こうではないか。君も、わたしも。幸せな人生でありますように。