2012年11月7日水曜日

聖母の騎士。ああ、あそこですか?山ですね。コルベ神父の聖地

彦山(ひこさん・400m)の裾野に見える「聖母の騎士」です。蛍茶屋の電車の終点・停留所から降りて、山を見上げると、「ああ、あそこに」と、すぐ分かるんですね。右の方から、教会、修道院、聖コルベ館、学校が順をおって建っている。印刷の騎士社は、陰になって、わからない。山の近くに見えるので、見学者は近道をして、墓場に迷い込んでしまうんですね。国道の歩道を、まっすぐ、登ってきたほうが、いちばん、いいのです。コルベ神父がこの地に開いたのは、昭和6年、1931年でした。私が最初に来たのは、1941年。10年後ですね。コルベ神父時代の木造・建物が、そのまま残っていた。その頃は、このあたり、夜になると、真っ暗でした。じょじょに建物が近代化し、周りの雰囲気も、すっかり変わりました。若い頃は、歩いて、この坂を、上り下りしたものです。夏など、聖母の騎士に、冷たい井戸があって、水を飲むのが楽しみでした。時代と共に、ヒトの心も、世の中も、変貌したように思います。信仰年は始まりましたが、信仰とは何ですか?宗教とは何ですか?宗教とは、「善く生きる指針と、チカラ」なんですね。コルベ神父の愛は、貫いて行きたいと願っています。

2012年11月6日火曜日

むかしの思い出。1人旅。長崎ベンで、東欧ぬすっ人をゲキ退

思い出した、むかしの話しですけどね。ヨーロッパの列車には、ローカがあって、各部屋があるでしょう。駅に、列車が着いたので、ボクが乗った。すると両脇から、少年とも、青年ともいわれぬ男が入ってきて、はさみ打ちになった。ボクのカラダには、カメラ、バッグが下がっていた。金目のものだからね。地元の人じゃない。他国から流れて来ているジプシーかな。ボクのソバにきて、奪い取ろうとする。ゴウトウだよ。取られたら、タマランね。お客は目に入らなかった。荷物を奪われたら、アウトだからね。思わず、叫んだ。身を守る方法だった。「ナンバ、スット、カッ」(なにを、するの、かッ)。長崎ベンは、きけたね。大声で、わめいたので、強盗は、びっくり。オジケずいて、急いで、降りて、逃げて行った。「ざまー、みろ」。安泰だった。1人旅は、恐ろしい。油断が、ならぬ。一瞬、何が起こるやも知れぬ。それにしても、強盗たちは、ナンバ、スット、カッは、なんて聞こえたんだろうね。よく聖コルベ館に、東欧1人旅をしてきた、という人が見学にくる。最初に聞くのは、「1人旅ねえ、ダイジョウブだった。スリや、ぬすっ人に会わなかった?」。心配になって尋ねるよ。「大丈夫でした」「ああ、それなら良かったね」。旅は危険がイッパイだよ。

2012年11月5日月曜日

子どもの喜ぶ品々を買った。ヤル気が出てきたぞ。構えの姿勢

夢がある。昨日、町へ出たとき、買った品物です。かわいい風車は、聖コルベ館に、幼児がきたら、「さあ、あげるよ」と、回して見せる。プレゼントする。すると、子どもは喜ぶからね。黄色いワンちゃんのメン、これも使う気持ちがある。絵本が、いい。コオロギは、カマキリや、トンボ、リンゴさん、セミなど、いろいろな小動物に出会うが、返事が出来ない。かわいそうだね。最後のページを開けると、「チ、チ、チ」と、コオロギが実際に鳴き出すんです。仕掛けが、してある。そこが、いいんだな。クマさんは、「何、見ているの?」「アヒルを見ている」。アヒルはウマを、ウマはカエルを」ネコに、イヌを。最後には、お母さんを、となる。親子のキズナを深くする。意味深の、絵本を買いました。もちろん、やる気があるか、どうか。近々、使おうとしているので買いました。前向きの気持ちになってきたから、「ヤルばい」

2012年11月4日日曜日

楽しい計画を1つ持つと、ヒトは明るく生きられる

日曜日です。午前中から、町へ。気晴らしに出かけました。たまには、いいでしょう。本の買い物をして、昼食は、長崎和牛を食べました。思わず写真を撮りました。「おいしそうだな」。この間、長崎で、全国和牛大会があって、長崎の和牛も入賞したのです。自慢していい、長崎県産の和牛です。食感がいいですね。1枚の焼肉が、手のひらの2倍ほどもありました。びっくりした。キャベツが敷いてあり、肉汁が、下のご飯に、たっぷり、染み込んで、色が着いていて、ご飯がポロポロ、うまく、箸に乗らないのです。1.800円でした。さて、牛肉を食べた後は、野村万斎の、ヒョロ、ヒョロ、映画を見た。時代劇。農民を抱え込んだ小さな城が、大軍の関白軍を見事にやつける話しですね。フ、フ、フと、暗闇の中で、笑いましたよ。日曜のせかい、満席だった。「農家を大事にせよ」。そんなイメージもあった。ぐっさん、の演技が抜群だった。万斎は能を舞うんですね。外に出ると、雨が降っていた。帰ったのは、3時頃です。いつぞや、聖コルベ館に来た、悩める女性に、こう言い聞かせた。「苦しいとき、なにか、いいことを1つ、考え、望むんです。すると気持ちが楽になる。励みになる」。これは本当です。ちょっと、町へ出て、外食して、映画を見る。少しは、のんびり、楽になったようです。「ヒトは、1つでも、楽しい計画を作っておくと、明るく生きられる」

2012年11月3日土曜日

墓参り。誰もが、老いて、病んで、死んでいく。覚悟あれ

11月はカトリックで、死者の月。墓参りに出かける。長崎・浦上の赤城のカトリック墓地にある。修道会、司祭・修道士の納骨堂。39人の修道名・名前が刻まれている。連なる故人の歳を見れば、私より歳上の故人は、5人いた。「みんな、若くして召されているのだなあ」。いちばん若い故人は、18歳。彼は神学生で、同級生だった。いちばんのお年寄りは、有名な、103歳で亡くなったセルギウス修道士さん。殆どの故人を知っている。ただ、2人だけ、戦争中に亡くなった修道士と、シベリアへ抑留されて亡くなった神学生だけを、知らない。自分も古いニンゲンになったといえる。いろんな死に方の思い出が浮かんでくる。夕食に焼肉を食べて、満足して、その夜、「イエス、マリア、ヨゼフ」と唱えて亡くなった者もいる。なかには「死ぬのは、怖い」といいながらも、92歳まで長生きした修道士もいる。「誰が、いちばん、価値ある生き方をしたか、天国へ行ったらわかる。この世の価値と、天国の価値は違うもんな」と言った者もいた。死んでしまえば、みな善人だよ。彼らの安息のために、ロザリオ1連を祈り、サルべレジナを歌った。死者のため、祈りながら、考える。「これから先に、課題が、3つある」。その1、老いていくこと。その2、病気に耐えること。その3、安らかに死ぬこと。歩んできた人生は長かったが、これから先の人生は短い。信仰の基本は、そもそも何か?①神の存在を信じること。②聖書の出来事を信じること。③永遠のいのちを信じること。見えないものを信じて生きるか。見える確実なものだけ掴んで生きるか。納骨堂を前にして、秋の日差しを受けていた。

2012年11月2日金曜日

長崎のヒトは皆、親切ですね、と旅の女性はほほえんで言った

50代の女性が1人で、聖コルベ館へ見学に来た。「2泊3日の旅です。あした、帰ります」。長椅子に腰掛けて、旅をねぎらうと、女性が言った。「長崎のヒトって、みな親切ですね」「え?どうして?」。女性が言うには、きのう、長崎へ着いて、いちばん最初に、かの有名な「チャンポン」を食べた。店に入って、「おいしかったですよ」。サイフをあけて、チャンポン代の支払いに、1万円札を取り出した。店の人に渡した。すると店の人、「1枚、くっついていますよ」と、1万円札を戻してくれた。新札だったので、重なっていたらしい。「戻ってきて、ああ、ありがたい」。女性は、東京だったら、こうは、行かなかっただろう、そのように、つぶやいたようだった。旅の初めだからね。女性は感激したわけだ。「長崎のヒトは、みな親切ですね」と、こう、なった。「ああ、よかったね」と思わず、よろこび、ほほえんだ。1人旅が、皆というわけではないが、背中に重荷を抱えたヒトもいるだろう。そういう人が旅の合間に、心が折れては可哀想だよね。長崎のチャンポンは本当に、オイシイ。旅の女性との話は、長々とつづいた。いい思い出つくって、帰ってください。

2012年11月1日木曜日

11月が始まる。さあ、これから冬の期間、4ヶ月頑張る

長崎・黙想の家の食堂にあった小さなご像。ふと、目にとまった。さて、今年は、タツ年で、私の年。がんばるぞ、と張り切っていたら、6回も入院して、ダメージを受けた。やっと、なんとかして、立ち直った。そして、11月1日を迎えた。いまの心境は、「11月」「12月」「1月」「2月」の、4ヶ月を、頑張りたい。冬の期間にあたる。老人は、寒さに弱いから、この期間を、なんとか、ガマンして、乗り越える。なぜ、4ヶ月かというと、4ヶ月経った、3月1日は、誕生日で、85歳になる。1日、1日、イノチを与えられるのは、うれしいです。生きている。呼吸している。喜びを感じる。昨日は韓国人の巡礼者たちが、閉館まぎわに、夕暮れに、27人来た。ガイドさんは「自分が初めてです」という。初めて来て、ガイドが、なんで出来るのか、と少々、クビをひねったが、手助けして、説明して、ガイドが訳した。普通は、説明はしていない。ビデオも見せて、全員で写真も撮って、最後に、歳を言うと、みな、手を叩いて喜んでいた。みなが帰った後は、満足した気持ちになった。「それで、いいーのだ」。生きているから、よろこべる。イヤな気持ちも、キズつき、ツマズクこともあるが、また、いいことも、あるよ。