長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2012年11月7日水曜日
聖母の騎士。ああ、あそこですか?山ですね。コルベ神父の聖地
2012年11月6日火曜日
むかしの思い出。1人旅。長崎ベンで、東欧ぬすっ人をゲキ退
思い出した、むかしの話しですけどね。ヨーロッパの列車には、ローカがあって、各部屋があるでしょう。駅に、列車が着いたので、ボクが乗った。すると両脇から、少年とも、青年ともいわれぬ男が入ってきて、はさみ打ちになった。ボクのカラダには、カメラ、バッグが下がっていた。金目のものだからね。地元の人じゃない。他国から流れて来ているジプシーかな。ボクのソバにきて、奪い取ろうとする。ゴウトウだよ。取られたら、タマランね。お客は目に入らなかった。荷物を奪われたら、アウトだからね。思わず、叫んだ。身を守る方法だった。「ナンバ、スット、カッ」(なにを、するの、かッ)。長崎ベンは、きけたね。大声で、わめいたので、強盗は、びっくり。オジケずいて、急いで、降りて、逃げて行った。「ざまー、みろ」。安泰だった。1人旅は、恐ろしい。油断が、ならぬ。一瞬、何が起こるやも知れぬ。それにしても、強盗たちは、ナンバ、スット、カッは、なんて聞こえたんだろうね。よく聖コルベ館に、東欧1人旅をしてきた、という人が見学にくる。最初に聞くのは、「1人旅ねえ、ダイジョウブだった。スリや、ぬすっ人に会わなかった?」。心配になって尋ねるよ。「大丈夫でした」「ああ、それなら良かったね」。旅は危険がイッパイだよ。2012年11月5日月曜日
子どもの喜ぶ品々を買った。ヤル気が出てきたぞ。構えの姿勢
2012年11月4日日曜日
楽しい計画を1つ持つと、ヒトは明るく生きられる
2012年11月3日土曜日
墓参り。誰もが、老いて、病んで、死んでいく。覚悟あれ
2012年11月2日金曜日
長崎のヒトは皆、親切ですね、と旅の女性はほほえんで言った
50代の女性が1人で、聖コルベ館へ見学に来た。「2泊3日の旅です。あした、帰ります」。長椅子に腰掛けて、旅をねぎらうと、女性が言った。「長崎のヒトって、みな親切ですね」「え?どうして?」。女性が言うには、きのう、長崎へ着いて、いちばん最初に、かの有名な「チャンポン」を食べた。店に入って、「おいしかったですよ」。サイフをあけて、チャンポン代の支払いに、1万円札を取り出した。店の人に渡した。すると店の人、「1枚、くっついていますよ」と、1万円札を戻してくれた。新札だったので、重なっていたらしい。「戻ってきて、ああ、ありがたい」。女性は、東京だったら、こうは、行かなかっただろう、そのように、つぶやいたようだった。旅の初めだからね。女性は感激したわけだ。「長崎のヒトは、みな親切ですね」と、こう、なった。「ああ、よかったね」と思わず、よろこび、ほほえんだ。1人旅が、皆というわけではないが、背中に重荷を抱えたヒトもいるだろう。そういう人が旅の合間に、心が折れては可哀想だよね。長崎のチャンポンは本当に、オイシイ。旅の女性との話は、長々とつづいた。いい思い出つくって、帰ってください。2012年11月1日木曜日
11月が始まる。さあ、これから冬の期間、4ヶ月頑張る
長崎・黙想の家の食堂にあった小さなご像。ふと、目にとまった。さて、今年は、タツ年で、私の年。がんばるぞ、と張り切っていたら、6回も入院して、ダメージを受けた。やっと、なんとかして、立ち直った。そして、11月1日を迎えた。いまの心境は、「11月」「12月」「1月」「2月」の、4ヶ月を、頑張りたい。冬の期間にあたる。老人は、寒さに弱いから、この期間を、なんとか、ガマンして、乗り越える。なぜ、4ヶ月かというと、4ヶ月経った、3月1日は、誕生日で、85歳になる。1日、1日、イノチを与えられるのは、うれしいです。生きている。呼吸している。喜びを感じる。昨日は韓国人の巡礼者たちが、閉館まぎわに、夕暮れに、27人来た。ガイドさんは「自分が初めてです」という。初めて来て、ガイドが、なんで出来るのか、と少々、クビをひねったが、手助けして、説明して、ガイドが訳した。普通は、説明はしていない。ビデオも見せて、全員で写真も撮って、最後に、歳を言うと、みな、手を叩いて喜んでいた。みなが帰った後は、満足した気持ちになった。「それで、いいーのだ」。生きているから、よろこべる。イヤな気持ちも、キズつき、ツマズクこともあるが、また、いいことも、あるよ。
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