長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2012年10月15日月曜日
学園の卒業生たち、一堂に集まる。皆の顔、輝いているぞ
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長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
良い再会だったことでしょうね。
返信削除30年前の高校生だった頃、聖母の騎士の生徒であり、信者の方と一緒に西坂の黙想の家で「カトリック高校生錬成会」が開かれ一緒にすごしました。
聖母の騎士の生徒さんは、ずーっと自分の学校の自慢話ばかりされていました。(笑)
校章の意味を説明されたり、制服を自慢したり。
その頃のわたしは自分の高校に特別な思い入れはなく、学校をそんなに誇りにおもう同世代の人がいることの方におどろいたことを思い出します。
長崎の駅も街もきれいにあたらしくなったことを今年の春にしりましたが、時が経ってもあの自慢している時の生き生きとした表情と口ぶり・・・・今でも新鮮に思い出すことができます。