軽を運転して、長崎から約30km、海辺の村に入った。父が生まれた村・外海の黒崎だ。子どもの頃は、この海で泳いだことだろう。白い建物が見える。地域の病院だ。親戚の女性が入院している。転んで足を骨折した。もう2ヶ月ほど動けない。見舞いに寄った。「ああ、顔もツヤツヤして元気そうね」。まだ歩けないから不自由だ。昭和3年生まれで、タツ年といった。私と同じ歳だ。4階病室の窓から、山手に自宅が森のなかにある。主人の福松さんが、1日2回、午前と午後に下りてくる。夫が、森を出て、歩いて山道をくだってくるのが見える。夫の姿をチラチラ見ながら、妻は楽しみにしている。森に私が電話をかけると、「おお、来るからな」と、黒い服が下がってくるのが、ホントウに良く見えた。10分もすると、病室に黒コートの老人があらわれた。1月11日が誕生日で、88歳、米寿を迎えるという。妻の病人は、夫が持ってきた手提げから、タオルを2枚抜き取った。しばらく時間を過ごしたあと、福松さんを軽に乗せて、自宅へ行った。ここで父は生まれた。もちろん昔の家はもうない。ただ、おんじゃく石(外海地方の独特の石)の石垣だけが残っている。
0 件のコメント:
コメントを投稿