小崎登明の93歳日記

長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。                            生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。           毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳

2019年3月5日火曜日

愛知のお坊さん。2ヶ所で会えなくて残念。会いたかったよ

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豪華なお花。赤いお花。3月1日、誕生日に届いた立派なお花です。ホームの玄関に飾りました。 ★この日、1つの、心に残る出来事があった。長崎市の誕生会に呼ばれて行った。途中で、聖コルベ館へ寄った。すると事務室の女性から「あら、たった今、小崎さんを訪ねて、愛知県からお坊さんが来ら...
2019年3月4日月曜日

「やあ、『なは』ちゃんだよ。満3歳になりました」。ゲンキ

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3月2日は「はな」ちゃんのお誕生日。満3歳になりました。「はな」ちゃんって、知っているでしょう。時々、日記にも載せてきました。ホームの職員・絵里さんの長女です。絵里さんは北海道の出身だが、高校卒業後、長崎へ来て、18歳でホームに勤めた。 ★2015年5月、ホームの湯江教会で...
2019年3月3日日曜日

ホームの誕生会。出し物の喜び。傘も周る、皿も回る、楽しさ

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ホームの誕生会。3月生まれは9人がいた。私は1日生まれだから、真っ先に皆さんの「ハッピバスデイ」の歌と拍手に乗って、園長神父さんから小さな灯火と、お花と、おみやげ(チィッシュの重ね束=沢山使うので、これが一番良い)を貰った。やっぱり嬉しいね。 ★あっちでもお祝いされ、こっち...
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2019年3月2日土曜日

テレビまで来て盛り上がった誕生会。耐えて、いま有る事が尊い

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苦しみがあっても、逆境に立っても、ハネのけてきた。乗り越えてきた。その証拠に、今がある。今が有ることが尊い。まわりから冷たくされても、踏まれても、それでもハネのけた。過去に耐えてきた。生きてこそ、いのちだ。耐えてきた歴史こそ、真実だ。本当に自分のものだ。生きてきた証でもある。...
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2019年3月1日金曜日

91歳の誕生日。生まれた場所は北朝鮮の海辺の町だった

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父と母は、1926年・大正15年3月13日に結婚した。父、松吉は37歳。母、ワサは26歳。11歳も年が離れていた。結婚式の写真が1枚残っている。母が立っており、父は腰掛けている。父は足に少しばかりの障害があった。 ★2年後、私が誕生した。61年前になる。生まれる幼児は、どの...
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2019年2月28日木曜日

90は、きょうで終わるよ。あしたからは「91歳日記」

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90歳、最後の日になりました。あした、誕生日です。91歳になる。「91歳日記」だね。 ★よく、まあ、この歳まで生きたと思いますよ。生かされたからには、何かの意味があったのでしょう。その意味は分かりません。しかし有るのはお恵みとして受け取って、唯、感謝です。人間、生きるからに...
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2019年2月27日水曜日

大浦の風景を懐かしむ「お礼のお便り」。あらためて写真に見入る

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「写真集」を受け取った長崎市の「なおみ」さんからのお礼の手紙。「早速、送っていただき、有り難うございました。私は長崎市内で育ち、大浦に嫁いだので、初めに大浦の写真があって、とても懐かしく拝見しました。友達が写真③の酒屋さんの横の洋館に住んでいたので、よく遊びに行き、2階...
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自己紹介

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小崎登明
長崎市, 長崎県, Japan
長崎県在住のカトリックコンベンツアル会の修道士。コルベ記念館の館長を務める。ここでの活動の他に、原爆被爆体験の語りべ、平和学習活動にも取り組む。ホームページURL http://sites.google.com/site/tomaozaki/
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