小崎登明の93歳日記

長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。                            生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。           毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳

2013年4月30日火曜日

大晦日のパウロ君の旅立ち。韓国への旅立ち。さあ、出かけるぞ

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2人が出発の朝、5時25分に起きる。パウロ君は、ウドン屋に勤めているので、朝が早い。慣れているので、早く起きた。修道者と一緒に朝のお勤めをする。声を大きく、祈りを称えた。ミサ、黙想、聖務の祈りなど、一連の祈りを終わって、朝食。昨夜、遅かった院長さんに挨拶をする。「岡山のパウロです...
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2013年4月29日月曜日

大晦日のパウロ・うどん屋青年が来た。ホントかよ、嬉しいなあ

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こんなことって、あるんですね。喜んでください。2011年12月31日の大晦日の日、閉館前に、滑り込みで来た岡山の青年・パウロが来た。「小崎サン、喜んでください。志願院へ入ります」「ええ、ホントう」。昼食後、3時まで自室で休んでいた。聖コルベ館へ出る。庭に、黒い軽が停まっている。「...
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2013年4月28日日曜日

外海でお祝い。1日じゅう不在。オンナ部屋アネさんの思い出

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郷土・出身の神父さんが、司祭除階の金祝を迎えるということで、外海・黒崎教会でお祝いのミサがあった。司祭として、50年を過ごすことは、大変なご苦労と責任もある。同じ郷土・出身の司祭や、修道士、シスターたち(奉献者)が20人ほど集まり、多くの教会の信者さんと共に、感謝の祈りが捧げら...
2013年4月27日土曜日

永井先生の会からの招待。この旅で、気力、体力、快復するかも

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《韓国の李・大司教さまからの便り》「5月1日が永井隆先生の命日で、5月4日には、第4回の韓国・如己愛人賞受賞式がある予定です。永井隆先生の遺徳を偲ぶ集いでありますので、修道士さまのご臨席は、こちらの行事にいっそう光栄を添えることと思います。通訳の便宜のため、ご講演の原稿を前もって...
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2013年4月26日金曜日

韓国からのお招き。3度目。腰をあげて出かけるか。ゲンキ出せ

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《韓国への、これまでの旅》。①8年前に、ソウルへ、小神学校の同級生の「ダニエル・ノー神父」の墓参りに行った。②6年前に、テーグの李・大司教さまの所へ行った。釜山から入る。《最近の韓国からのお招きの便り》。③昨年3月、李・大司教さまからのお招き。「5月、永井博士の日、来韓、いかがで...
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2013年4月25日木曜日

日記を書くのが遅くなった。ゲンキにしています。心配なし

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朝から、散髪へ行く。スッキリとなって、聖コルベ館へ戻る。2人の見学客がある。修道服を着ていない。姿を現すのを、遠慮していると、事務室をのぞいて、「小崎サンですか?」。問われて、ああ、こりゃ、ダメだ。観念して、「黒長イスの方へ、どうぞ」。話に相対する。千葉から来ました。同じ教会のも...
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2013年4月24日水曜日

聖母の騎士の長崎・上陸記念日。83年になる。ゼノさん命日

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コルベ神父(36歳)、ゼノ修道士(38歳)、ヒラリオ修道士(24歳)、3人のフランシスコ会修道者の長崎・上陸の記念日です。昭和5年(1930年)4月24日、午後1時過ぎに、長崎丸(5.500トン)は、長崎港の出島岸壁に着いた。東欧ポーランドから、長い旅の終わりであった。写真、上は...
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自己紹介

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小崎登明
長崎市, 長崎県, Japan
長崎県在住のカトリックコンベンツアル会の修道士。コルベ記念館の館長を務める。ここでの活動の他に、原爆被爆体験の語りべ、平和学習活動にも取り組む。ホームページURL http://sites.google.com/site/tomaozaki/
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