2020年4月25日土曜日

大切な日、忘れるな。がん、消えて11年。日記、書いて11年

きのうは、3つの事を、日記に書きました。➀聖コルベの長崎上陸の記念日。②ゼノ修道士の命日。③西山達也神父さんの修道名のお祝い日です。
★大事なことを忘れていました。「登明・日記」を書き始めた日でも、ある。2009年4月24日から書きだした。写真は、その頃の顔だね。あかるい表情だよ。
★だが、その月の2日、木曜日、夕方だった。トイレに行くと「ドヴァッ」と血液が散った。その瞬間の気持ちは、何と表現していいか、わからない。翌日、泌尿器科へ。「ボウコウ・がん」です、とお医者さん。即、入院となる。「ぼうこう」の内側を削る手術。お医者さんは(膀胱を取るか、取らぬか)迷ったらしい。「腎ゾー、取って、膀胱も、取ったら、アウトだよ」
★幸い、膀胱は残した。その年は、6回、入院している。日記を書きだしたのは、膀胱を削った後の、24日。コルベ神父、ゼノ修道士たちの長崎上陸の記念日からだった。「登明日記」を立ち上げた時の気持ちは、深刻で、複雑だったよ。
★治療は、何度か膀胱を削り、次いで、最初は、赤色の薬をボウコウに注入したが、5回入れても、効果は、なし。次に、「BCG」に切り替える。8回シリーズの中程で、幸いにも、ガンが消えた。2009年、あれから「登明日記」を書いて11年。ガンが消えて11年。日記は、生きてきた証(あかし)とも、なった。
★当時の日記に、次のように書いてある。
★「恵まれた人生だったと、肯定したいと思います。人間の一生は、成るべきところに、その人の定めに、入っていく。1つの大きな流れに乗せられていると思います。
★人は自分から望んで、この世に生まれたわけではない。それが『自分』を意識するようになって、家族や、周りの人びとの愛に包まれながら、夜空を見れば、宇宙の広がりまでも知って、自分の可能性を生きてきました。
★生きた意義はあったのか。己の流れは、これ、だった。これしか、なかった。そこに悔いは、ありません。
★『人には、それぞれ役割がある。役割があるから、生きる意味も、あります』。泣いたりしても、終わりは、くる。笑っても、終わりは、くる。それならば、笑って、ほほえんで、今日を過ごそう」

2 件のコメント:

  1. マリア・フランチェスカ2020年4月25日 15:09

    小崎登明の日記
    開始記念日おめでとうございます!
    私は日記を通して毎日色々なお恵みを
    神様から頂いております。
    これからも楽しみにしております
    感謝のうちに

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  2. がぶらってぃ2020年4月25日 17:44

    4月24日は、登明さん日記の始まりの日。
    おめでとうございました。

    11年前の4月は、膀胱がんの診断から治療と、
    とても難しい日々を過ごされていたのですね。
    それでもなお病を得た意味を捉え、
    人生を肯定していくお姿には感動いたします。

    十字架を背負う意識をしますと、背負いが重いはずなのに、
    心はふと軽くなる感覚を覚えます。主が寄り添ってくださる実感を
    得られます。 

    私にとっては、トマさんの日記が
    登り坂の迷い道から脱する明かりとなりました。

    本日のイラストにも、お写真の笑顔にも救われます。
    今の私には、登り坂の意味を考える力が十分には備わっていないようです。
    けれど、神は、お与えくださる最中にあると、思うことができました。
    祈ります。

    今日もありがとうございます。

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