今朝、祈りのとき、思いました。子どもの頃から、今まで、「誰から」「どんな教えを受けたか」。ふと浮かんだのが、小学校のとき、戦時中、先生が教えた。「普通の石も、磨けば輝く・タカラの石になる」。それ本当と思います。ミロハナ神父は「病気はお恵みです」と教えた。「ウソ、そんな事、あるもんか」と20代の私は反発した。あれから60年。いま私は存在している。と言うことは、すべては良いように導かれてきた。だから今が有る。では災難をどう解釈するか、の問題が湧く。災難、沢山、あったな。それでも今がある。「災難」に、「導き」が勝ったのかも知れぬ。自分の努力は何もない。それは、この歳になって、認めます。最後まで、良いように導かれるよう祈りました。そのためには自我を捨てなければ、ダメかな。
0 件のコメント:
コメントを投稿