小崎登明の93歳日記

長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。                            生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。           毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳

2019年4月10日水曜日

写真集「長崎の痕」。被爆者は、それでも生きて、価値がある

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分厚く、重たい「写真集」が送られてきた。「長崎の痕(きずあと)」。著者は、大石芳野さん。写真集は、縦21.5cm、横19cm。287ページ。定価4.200円(税別)。長崎・原爆の被爆者たち、122人の人物写真が、各ページに載せられている。全部が白黒写真で、短い説明文があり、被...
2019年4月9日火曜日

ある日の朝の思い。廊下の窓に、へばりつく「ヘンな虫」

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朝、5時に起きる。朝、早く起きるのは、修道者の「いのち」でもある。多くの志願者が来ても、朝、弱い者は皆、沈んで消えた。常に「自分に甘えるな」。言い聞かせる。朝が一番大切です。早朝に起きて、修道者は、祈り、黙想をする。こうして年十年とやってきた。ホームに来ても同じだ。屋外は、ま...
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2019年4月8日月曜日

大野神父さん。ルルドと誕生日と司祭叙階の日がいっしょ

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長崎・聖母の騎士の大野幹夫神父さんが、1週間ほどホームの生活を暮らすと、来た。司祭は、時には、お休みするのも大切だろう。イタリア・ローマに留学し、沖縄の宮古島では、17年間、司牧・宣教した。イタリアと言えば、アシジの聖フランシスコ。その精神は、自然の被造物の中に、神を見い...
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2019年4月7日日曜日

踏んだらワルイ。罪の意識あり。踏んで平気、キリシタンじゃない

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日曜日。ミサで祈る。ホームの瀧神父さんが司式するミサだった。福音は、罪を犯した女性が大衆の前に引き出され、モーゼの掟によれば、石殺しの刑になるという場面。イエスは答えた。「罪なき者から、石を投げよ」。老人から次々にその場を去っていった。後に、イエスと女性が残された。瀧神父さん...
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2019年4月6日土曜日

2か月合わせての誕生会。滝神父さんもお祝い。88歳米寿

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ホームで、昼食に、誕生会が行なわれた。この時は、全員が食堂に集まります。私の食卓の横には、久しぶりに入江さんが座った。(普段は、入江さんは、「サクラの間」で食事している)。現在、エレベーター拡張工事が行なわれているので、4月と、5月生まれが一緒に、お祝いされた。4月生まれ...
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2019年4月5日金曜日

退院する。ホームの空気をイッパイに吸った。よかバイ、よかバイ

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退院しました。ホームに戻って来ました。サクラも今が満開です。山並みも、いいね。ホームの空気を胸イッパイに呼吸した。やっぱり、ホームが落ち着くね。 ★朝、高原修道士さんが迎えにきた。病院には、治療で大変お世話になりました。病室を出るとき、主治医の先生も来てくださった。「2か月...
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2019年4月4日木曜日

ステント入れ替えは、無事に終わりました。

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また、「いのち」を四カ月繋ぎました。心配していたステント入れ替え手術は、ラクでした。お医者さん・看護師さんのお陰で、順調に行われました。汚れも石も付いていなかった。その後も痛みや、発熱も無く無事に終わって、ホッとしています。 ★流れに、任せた「笹舟」は、激流に巻き込まれるこ...
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自己紹介

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小崎登明
長崎市, 長崎県, Japan
長崎県在住のカトリックコンベンツアル会の修道士。コルベ記念館の館長を務める。ここでの活動の他に、原爆被爆体験の語りべ、平和学習活動にも取り組む。ホームページURL http://sites.google.com/site/tomaozaki/
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